「私が住んでいるところは、私たちの本当の村ではありません」 :: 海辺のノート

「私が住んでいるところは、私たちの本当の村ではありません」

8. June, 2008 • 0 Comments

ベツレヘムのアラブ教育センター(AEI)の”Sumud Peace House Life Stories”からインタビューを紹介します。AEIは、Pax Christiの現地パートナーNGOです。


私の出身の村はアル・ワラジャ村といいます。村を去ったとき、私は1歳半、姉は6歳でした。夜、銃火の下で村を離れました。ナクバの時のことです。

イスラエルの兵士たちが私たちに向けて銃を撃っていました。母は私を腕に抱きかかえて走りました。イスラエルの兵士は私の母を撃ちました。弾は母の肩を前から貫通しました。母は病院に連れて行かれ、死にませんでした。

その夜以来、私たちは移動し続けなければなりませんでした。ベイト・ジャラにいたとき、デイシェ・キャンプに連れて行かれました。

デイシェ・キャンプでは、テント暮らしでした。冬は、寒く、雨が降りました。夏はとても暑かったです。

UNRWAが学校を開いてくれて、読み書きを習いました。5年間、学校に通い、読み書きができるようになりました。

今は、家族と一緒にワラジャ村に住んでいます。ここは本当の私たちの村ではありません。ここは、去らなければならなかった私たちの元の村に因んで名前をつけた村です。本当の私たちの村は、向かいの丘に見ることができます。でも、行くことは許されていません。そこにはイスラエル人が住んでいます。

家族のほとんどはヨルダンに住んでいます。ベイト・ジャラ、デイシュ・キャンプ、アイダ・キャンプに住んでいる者もいます。米国にいる者もいます。

私の息子タハは、13歳の時、牢に収監されました。牢を訪ねても、分厚いガラスを通してしか話すことができませんでした。牢にいる間に、タハは、アル・アクサ・モスクのミニチュアを作りました。タハは、そこでいつの日か祈ることを夢見ています。イスラエルは、50歳以上の者にしかそこで祈る許可を出さないのですが。

私の息子ムスタファは農夫です。この冬、私たちの家に薪を運んでくる途中、イスラエルの兵士に止められ、雨の中を深夜まで立たされたことがありました。兵士たちはムスタファのロバを牢に収監すると言って、取り上げました。

私はドレスを縫い、刺繍するのが好きです。手で縫っています。

毎日、家族のためにパン(シュラーク)を作っています。パン生地はよくふくらむように覆いをして置いておきます。皆さんがうちを訪ねて下さると嬉しいです。暖かいパンとオリーブ油とセージのお茶でお迎えしたいです。


Interview: January 2008, Al-Walaja.
Interviewer: Jane Toby from Catskill, New York, who worked for many years with Women in Black and Middle East Crisis Response, Hudson Valley, NY. Interview in cooperation with AEI.

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