ベイト・アラビヤの5回目の破壊

3. February, 2012 • 0 Comments

ICAHD, 2012/1/24

イスラエル政府当局は昨夜(2012/1/23)、ベイト・アラビヤ(アラビヤの家)を破壊した。これで五回目である。東アナタ・ベドウィン集落の建物も一緒に破壊された。エルサレム北東に隣接する西岸地区のアナタ(エリアC)に位置するベイト・アラビヤは、占領への抵抗と正義と平和への欲求の生きた象徴である。

その名が示すように、ベイト・アラビヤは、アラビヤ・シャワムレとその夫サリーム、そして7人の子どもたちの家である。この家族の家はこれまでにイスラエル当局によって四度破壊され、そのたびにICAHDのパレスチナ人、イスラエル人、そして諸外国からの平和活動家によって建て直されてきた。

月曜日午後11時頃、重装備をしたイスラエル兵の部隊に伴われてブルドーザーがアナタの丘陵に現れ、直ちにベイト・アラビヤを破壊した。近くのアラ・ジャハリン部族のベドウィン集落の住居や農業用の建物も一緒に破壊した。

三家族の家とたくさんの家畜の小屋が破壊され、小さな子どもを含む20人が家を失い、厳しい砂漠の環境に放り出された。パレスチナ人と連帯して、ICAHDのスタッフや活動家たちは度々イスラエル兵に脅かされてきた。ICHADの共同ディレクターのイタイ・エプシュタインは叩かれて、怪我を負わされた。

ベイト・アラビヤは、建築許可を得られなかった結果として、1994年にイスラエル当局から破壊命令を出されている。以来、四回破壊され、そのたびにICAHDの活動家たちによって再建された。前の週の木曜日に再び破壊命令が出され、昨夜の五回目の破壊となったのである。ICAHDのディレクター、ジェフ・ハーパー博士は、破壊された跡に立って、サリームとアラビヤが家を再建するのを助けることを誓った。「我々は再建する。我々は占領と長期化されたパレスチナ人の抑圧に対する政治的拒絶の行為として、直ちに再建しなければならない」と彼は述べた。

ベイト・アラビヤは占領された西岸地区のユダヤ化とイスラエルの家屋破壊政策に対する抵抗の象徴となっている。「ICHADは、これまで通り、断固としてこの家を再建し、正義と平和をもたらすための闘いを耐え抜いていく」とハーパー博士は言い加えた。

サリームとアラビヤは、隣人たち、友人たちと共に、悲劇が再び起きるのを見守った。この家はレイチェル・コリーとヌハ・スウェイダンの思い出のために平和センターとしてアラビヤとサリームによって献げられていた。この二人はガザで家屋破壊を阻止しようとして死んだ女性である(米国人とパレスチナ人)。この10年間、ICHADはベイト・アラビヤを多くの訪問者の宿泊のため、また毎年行っている家屋再建キャンプのベースとして用いてきた。これまでに、このキャンプによって、破壊されたパレスチナ人の家屋185軒が再建されている。

ICHADは、適切な住居に関する国連特別報告官に、月末に予定されていたパレスチナ被占領地の訪問でベイト・アラビヤを訪ねるよう、今月(1月)初めに招いたばかりであった。「破壊前にできたのと同様なおもてなしはできないが、ラケル・ロルニック教授がベイト・アラビヤの破壊跡を訪ね、その酷い残酷さとイスラエルの政策と慣行の不法性を報告してくださるよう希望する。そして、国際社会を構成する人々が彼のあとに続くよう希望する」と、ICAHDの共同ディレクター、イタイ・エプシュタインは述べた。

※ 元記事URL: http://www.icahd.org/?p=8107

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