「宣教150周年」と沖縄

31. 1月, 2009 • 0 Comments

1850年に、香港ビクトリアのジョージ・スミス主教(英国人)が琉球のベッテルハイムを訪問した報告が下記にある。
http://anglicanhistory.org/asia/gsmith_lewchew1853.html

これを読むと、琉球宣教は、日本に宣教に入るために唯一開いていた「ドア」と位置づけられていたこと、また琉球と中国および日本の政治的関係の実態について正確に認識されていたこと(意図的に隠されていたが、軍事的プレゼンスを伴う日本の支配下にあったこと、宣教師への対応は江戸幕府の指示によっていたと推察されていたこと)などが分かる。

また、始まりは”Ryukyu Naval Mission”という任意の小さな伝道協会による信徒伝道者であるベッテルハイムの派遣であっても、それが英国教会の主教から認知され、後援を受けるようになり、英国政府の庇護も受けるようになったことが分かる。

宣教の意図、宣教地に関する認識、そして英国教会および英国政府との公的な関係において、ベッテルハイムによる宣教こそが、日本宣教の始まりであることは明らかであろう。史実に不明なところがあるとは思われない。

それなのに、何故それが無視されて、今年が「150周年」ということになるのか。そのことが問題なのであって、琉球伝道に関する史実について調べることよりも、日本の教会が沖縄をどう考えてきたのかを(「本土」での沖縄人差別も含めて)明らかにすることが、課題である。

※米国の小切手商の人が、琉球伝道関係について充実した情報を提供しているのを見つけました:
ベッテルハイムについて
18c末から19c半ばに琉球に入った外国船
関連書誌

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