敗戦直後の時代の教会の沖縄観 :: 海辺のノート

敗戦直後の時代の教会の沖縄観

17. February, 2006 • 0 Comments

たまたま昔のNCCの機関誌『協調時報』を見ていたら、以下のような記事が目につきました。1951年11月28日付けで日本基督教協議会に送られてきた米国教会協議会の声明書に対する返答(1952/3)が掲載されており、その中に次のような1節があります:

「貴見の如く、人口8千3百万人に上るわが国民が、狭い国土と不十分な資源とによって生存することは、至難であるが故に、われらは、琉球および小笠原諸島に関する貴会の理解ある態度を多とし、ことに「条約実施の上は、協定により、これら諸島の住民が政治、民事、および経済の諸事項について、日本の行政権の下に留まる機会を与えられるよう」に、との希望を表明せられたことを感謝し、さらに、これら諸島と日本本土との、不可分な歴史的民族的関係を考慮して、早い機会に日本に返還されるよう、また多年日本の主権下にあった千島列島並びに色丹島、歯舞島等も亦、日本に復帰せしめられることにより、純真なわが国民感情に応えるとともに、極東の安定と平和に対する将来の禍根をのこさないようこの上とも貴会の友好的考慮と支援を願う次第である。」

…特に注目したのは「狭い国土と不十分な資源とによって生存することは、至難であるが故に」という箇所。

明治の早い時期から国境線とは別に「利益線」ということが国会で議論され、日本はアジアの植民地支配に乗り出していったわけですが、戦後もなお、教会においても、おなじライン上の思想が、このようにはっきりと残っていたんですね。

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