特別共同懺悔(戦争罪責の告白) :: 海辺のノート

特別共同懺悔(戦争罪責の告白)

4. March, 2011 • 0 Comments

2011年1~3月は、神学院で代祷(とりなしの祈り)・嘆願・共同懺悔をテーマとした共同研究を行いましたが、そこで課題とした作業のひとつとして、日本による植民地支配・侵略戦争に関する共同懺悔の祈祷文を作成しました。

日本聖公会が戦責告白を行ったのはとても遅く、ようやく1996年の総会で決議がなされました(日本キリスト教団は1967年)。この背景には、聖公会としての戦争の経験としては、教会合同を強制されたという被害者意識が強かったことや、国王が教会の首長(信徒代表)である英国教会と自分たちを重ねあわせ、天皇を「統治者」として見て(「現人神」としてではなく)崇敬したのだという意識が根強かったことなどがあると考えられます。ともあれ、総会で決議は行われたものの、それに先立つ1995年の宣教協議会に向けて作成された「特別共同懺悔(戦争罪責の告白)」は、公の礼拝で用いるものとして採択されずに終わり、その後、使われていません。そこで、我々は、教会の中でどんな点でどのような反撥があるのかということを検討しながら、その改訂版を作りました。

そして3月1日には、三一独立運動のことをおぼえ、これを用いて礼拝をおこないました。礼拝に入る前には、チェアムリでの日本軍による虐殺事件に関する文章を朗読して準備しました。明日が神学院の卒業礼拝ですが、私にとっては、もうこの1日の礼拝が卒業礼拝という感じになりました。

※ この共同懺悔式文は、「日本聖公会 `95 宣教協議会 特別共同懺悔(戦争罪責の告白)」をもとに、2010年度特別学期での学びと研究内容に基づき、その一環として作成された。元の式文は次のように用いることが想定されていた:「2月11日  (日本聖公会組織成立記念日)、 8月15日  (主の母聖マリヤ日)、 及びこれらの祝日にもっとも近い主日、 その他の日に用いる。 また、 総会、 教区会等における公の礼拝の中で用いる。聖餐式の時には、 懺悔を勧める言葉  (170 頁)  の後に用い、 懺悔を続ける。 司式者は会衆席の中央に行き、 一同ひざまずく。 朝夕の礼拝のときには、懺悔と赦しの祈りの司式者の言葉 (19、36 頁)の後に用い、 懺悔と赦しの祈り  (19 頁)  に続ける。」


特別共同懺悔(戦争罪責の告白)

司式者 正義と平和の源である、わたしたちの神よ

会衆 憐れみをお与えください

司式者 主に仕えることを願いながらも、わたしたちは、世の支配と権威を崇める過ちを犯しました。ことに、かつて公の礼拝と祈祷書において「天皇のため」に祈り、支那事変特別祈願式、大東亜戦争特別祈祷などを用い、日本の侵略戦争を聖戦として、その完遂のために祈りをささげた過ちを

会衆 主よ、お赦しください

司式者 わたしたちはアジア・太平洋の人びとの隣人にならず、誤った判断をし、日本の侵略・植民地統治に迎合しました。皇民化政策で固有の歴史と文化を否定し、ことに、労働者、兵士、また日本軍「慰安婦」として働くことを強制して、朝鮮や台湾をはじめとするアジアの人々に、二重三重の苦しみを負わせました。戦後も償いをせず、靖国神社への一方的な合祀をゆるし、苦しみや悲しみに無関心でいたことを

会衆 主よ、お赦しください

司式者 神よ、わたしたちは、国家のために命を捨てる行為を「犠牲」として讃える過ちを犯しました。愛する人を戦争で失った家族が、悲しみの中にありながらも、「天皇のために死んだのだ」と納得するように強いられ、それを今も見過ごしにしていることを

会衆 主よ、お赦しください

司式者 沖縄戦で、数多くの人びとが砲弾の雨の中を逃げ惑う恐怖を体験し、生きることへの希望の芽を踏み潰されました。そして今もなお、わたしたちが、沖縄への米軍基地の集中と、それによって暮らしが脅かされていることを見過ごしにし、「イチャリバチョーデー」( 逢えば兄弟 ) という、沖縄の人々の平和への願いに、ひとつとなって応えられずにいることを

会衆 主よ、お赦しください

司式者 広島と長崎にいた人びとが、原子爆弾の放射能と灼熱と爆風により命を奪われ、被爆者、被爆二世、さらに世代と地域を超えて多くの人びとが、心と体に深い傷を負わされています。しかし今もなお、私たちが核兵器を廃絶できずにいることを

会衆 主よ、お赦しください

司式者 アジアの主にある兄弟姉妹に対して、神社参拝の強制、旧約聖書の禁止、宣教師の追放など、魂に苦しみと悲しみを与えた罪を

会衆 主よ、お赦しください

司式者 戦後、わたしたちはこれらの罪を告白せず、人びとに対して謝罪することなく、半世紀以上も見過ごしにしてきました。そして今も、世界中で起こっている争い、ことに東北アジア、中東、アフリカにおける紛争に対して、時代の流れと国家の圧力に抵抗せず、無関心でいることを

会衆 主よ、お赦しください

司式者 このほか気がつかないでいる多くの罪を

会衆 主よ、お赦しください

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