チェルノブイリを想起して 1986-2006

26. April, 2006 • 0 Comments

世界教会協議会(WCC) 総幹事 サミュエル・コビア
ジュネーブ・エキュメニカルセンターにて
2006年4月26日

私は二年前にベラルーシへ旅をして、「憐れみの家」を訪ね、放射能に被曝したために身体が奇形した子どもたちと出会いました。原子力発電所の事故によって引き起こされた危険の非道さが、とても具体的な形をとって、私にとって生きた現実となりました。ですから、今晩ここに、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の三つのアブラハムを祖にする宗教の代表者や青年たちが共に祈るために集まったのを見て、深く心を動かされています。また、チェルノブイリの被災者を覚えるために、ロシア正教会がこのような会を呼びかけることを決め、グリーン・クロス・インターナショナルと共に働いてくださったことをありがたく思っています。(*1)

二〇年前の今日、チェルノブイリの原子力発電所で起きた事故は、私たちを互いに隔てることは多くあっても力を合わせて取り組むべき重要な課題があること、様々な違いはあっても私たちは一つの人類に属していると認識させられるような重要な課題があることを思い出させます。私たちは、共通の脆弱性をもっているだけでなく、共に取り組むよう招かれているのです。

神学的に言えば、チェルノブイリの事故は、互いに対して、そして地球に対して持っている私たちの責任への気づきを与えます。事故は、神に由来するものではなく、人間の犯した一連の過ちによって引き起こされたのです。技術の進歩は、人類と地球上の今ある生命の生存を脅かす危険の可能性をも増したことを認める必要があります。原子力発電が突きつける危険というと、米国スリーマイル島とチェルノブイリという二つの名前がすぐに思い浮かびますが、高度に工業化された国々や急速に工業化が進んでいる国々におけるエネルギーへの渇望によって各国の指導者たちが平和と未来のいのちを脅かす企てに駆り立てられていることも、私たちがよく知っているところのことであります。

過去の何千人もの犠牲者たち、そして事故による被害をこれからの長い年月に被り続けることになる多くの人々、特に最も被害が深刻だったウクライナ、ベラルーシ、ロシアの人々のことを覚えながら、同時に20年前に事故が起きたときに寄せられた多大な連帯と支援のことをも覚えます。当時始まった多くの取り組みは現在まで続いています。それらは、事故が起きてから何年も経った後に生まれたにも関わらず、放射能被曝のために白血病や他の病にかかっている多くの子どもたちの苦痛を軽減しています。

旧ソビエト連邦の被災地への直接的な支援、その他のヨーロッパ諸国の教会と提携した支援活動、そして被災地への訪問など、1986年以来の多くのチェルノブイリ関係の活動記録がWCCの書庫におさめられています。それらは世界中の多くの人々が被災者にすすんで手を差し伸べようとしていることの証しであり、大変ありがたいことです。

しかし、事故の性格と現在の世界状況を考えれば、自分たちがしてきたことを祝う気分に浸っているわけにはいきません。膨張し続ける経済がますます多くのエネルギーを必要としていること、そして次々と新たな原子力発電所が建設されようとしているだけでなく、新世代の核兵器が開発・生産されようとしていることを深く憂慮させられます。

私たちは、皆、自分が生きている間に核兵器が使用される可能性があることを心配しなければなりません。

核エネルギーの責任ある平和利用については、私たちの意見は一致していないかもしれません。しかし、核兵器による先制攻撃については、それが拒否されるべきことについて、いかなる意見の曖昧さや疑問の余地があってもなりません。クリーンな小型核兵器などありえません(*2)。小さな劣化ウラン弾頭であれ、戦略ミサイルの最新の核弾頭であれ、すべての核兵器は、私たちの壊れやすい共通の家である地球上の全ての生き物にとって脅威なのです。

道徳的な観点からは、核兵器の使用はいかなる論拠を持ってしても正当化できません。この集まりのおかげで、このことをはっきりと言明できる機会が与えられて、うれしく思っています。WCCの加盟諸教会は、この確信を、繰り返し述べてきました。WCCは、核兵器が誕生し、核の競争が始まったのと同じ時に生まれました。WCCは、その歴史を通して、核戦争を憂慮し、核軍縮への取り組みに献身してきました。21世紀に入って、核兵器開発の権利をめぐって改めて起こった議論によって、この心配は差し迫った極めて大きなものになっています。

アブラハムを祖とする三つの宗教は、予言されている「文明の衝突」の背景として使われるのでなく、逆に、きわめて重要な、新たな「文明・文化の対話」に貢献すべきであることを、今夜の集いは示しました。この集いから、二つのメッセージをそれぞれが持ち帰ることを提案します。

1. 私たちは、共通の脆弱性をもっているだけでなく、共に取り組むよう招かれていること。

2. 私たちは、憎しみと戦争の正当化のために宗教を誤って利用することを許さず、正義、平和、そして私たちの惑星である地球の未来のいのちのため、宗教間の対話と協力に献身すること。

チェルノブイリ原発事故の犠牲者たちへのささげ物として、これらの崇高な目的のために力を尽くすことを誓おうではありませんか。

ご静聴、ありがとうございました。

(*1) ロシア正教会は、これから毎年、4月26日以降の最初の主日(聖トマス日)を、チェルノブイリ被災者のために祈る日とすることを決めました。

(*2) 小型核兵器(mini-nuke):米国では1993年のファース・スプラット条項によって研究・開発が禁止されていたが、ブッシュ大統領のもとで条項は廃止され、2004年度予算に研究費が盛り込まれた。

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