礼拝覚書(19)礼(3)

29. 8月, 2019 • 0 Comments

○ 跪拝(ジェヌフレクション)

深いお辞儀は、跪拝に替えて、腰から上体を曲げるお辞儀が一般的になっていますが、跪拝(ジェヌフレクション)には固有の象徴的な意味があります。ジェヌフレクションは「膝を曲げる」ことを意味します。「あなたの言葉はつまずく者を起こし、弱った膝に力を与えた」(ヨブ記4:4)という表現に見られるように、「膝」はその人の力を象徴します。膝を曲げることは、相手に対して自分の力はむなしいことを認め、自分の力を差し出すことを表します。そういう象徴的動作として、跪拝は、服従、敬意、崇拝を表し、謙遜に仕えることを示すのです。

「それは、イエスの御名によって、天上のもの、地上のもの、地下のものすべてが膝をかがめ、すべての舌が『イエス・キリストは主である』と告白して、父なる神が崇められるためです。」(フィリピの信徒への手紙 2:10-11)

○ 平伏(プロストレーション)

聖ベネディクトの戒律に「地面に全身を伏して、来客のうちにキリストを迎えまた礼拝しなければなりません」とあることを前回紹介しました。この地面に全身を伏す、最も深い礼の形がプロストレーションです。仏教の五体投地に似ていますが、手は横に広げて十字架をつくる形、あるいは額の下に重ねる形を取ります。

聖公会では聖職按手式の時に志願者がこの形を取ります。修道院には請願を立てる者を床に伏せさせ、埋葬布をかけて葬送の祈りを唱え、世に死んでキリストの命に入ることを表す伝統があります。プロストレーションは、深く神を畏れ敬う礼拝の姿勢であり、また世に死ぬこと、自分に死ぬことを象徴するのです。聖金曜日の礼拝で行う伝統もあります。

○ 口づけ

聖職は、祭壇に近づくとき、祭壇から離れるときに、祭壇に口づけをします。また福音の朗読後、福音書に口づけします。聖なる場所の入口や聖なるものに口づけをする慣習はキリスト教以前から広く行われていたもので、4世紀末までに教会で取り入れられました。

世に命を与えるために自らをささげられたキリストへの愛を表現する行為ですが、石でできた祭壇への口づけは「隅の親石」であるキリストを崇めるという意味合いもありました。祭壇に殉教者の聖遺物が収められるようになって、殉教者の崇敬も意味するようになり、さらにそこから天の勝利した教会の崇敬も意味していました。

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