礼拝覚書(14) 十字を切る (1)

23. 7月, 2019 • 0 Comments

十字架は、言葉としては、すでにペテロやパウロが象徴的に用いていますが(使徒言行録2:36, Ⅰコリ1:23, ガラ6:14)、所作としては、3世紀までには、悪の力と闘うために、額に十字のしるしを刻むようになっていました。迫害下の古代教会で、自らの苦難とイエスの十字架を重ね、救いを求めて行われるようになったのでしょう。

礼拝覚書(9)で紹介した聖ヒッポリュトスの『使徒伝承』(紀元215年頃)には、洗礼式の結びに「額にしるしをする」(十字を記す)ことが記されています。聖公会の洗礼式では、この時、司式者は次のように言います。「これはキリストのしるし、あなたが神の民に加えられ、永遠にキリストのものとなり、主の忠実な僕として、罪とこの世の悪の力に向かって戦うことを表します。」そして、会衆一同が「アーメン」と唱えます。教父テルトゥリアヌス(紀元200年頃、カルタゴ)は、「われわれキリスト者は額を十字のしるしで磨り減らしている」と書き残しています。

十字のしるしは、代々のキリスト者が、信仰生活の始まりに受け、自分がキリスト者として生きる者であることを自分に思い起こさせるしるしとして自らに記してきたものなのです。

その意味で、聖餐式では特にニケア信経の結びに十字を切るのは望ましいことでしょう。

教父ヨハネス・クリュソストモス(4世紀)は次のように教えました。「家を出る時には、こう言いなさい。『サタンよ、わたしはおまえに仕えることを放棄する。キリストよ、わたしはあなたと共にいます。』この言葉を口にしないでは、決して外出しないように。そしてこの言葉と一緒に、額の上に十字を刻印しなさい。」

現在のように、額からみぞおちへ、そして左肩から右肩へ、(掌を開いた右手の)中指で十字を切る形は4世紀頃には行われるようになっていましたが、詳しい由来は分かりません。※ 東方では、右手の親指、人差指、中指の三本を合わせて(聖公会でも見られます)、あるいは人差し指と中指の二本で、十字の横棒は右肩から左肩へ書きます。また最後に、王なるキリストが世界の王であることを表して地面に触れます。

額に十字をしるす形は、今も灰の水曜日や塗油の式に残っています。これらでは、古代教会の人々が額に十字をしるしたのと同じ意味がはっきりと保存されています。

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