礼拝覚書(8) 礼拝の「決まりごと」

9. 6月, 2019 • 0 Comments

祈祷書は、ひとりひとりの信仰生活にとって大切なものである、というだけでなく、共同体の礼拝を整えるための定めが記されている書でもあります。

英国で最初の祈祷書が作られた時、同一国内では同一の祈祷書を用いるべきであり、「儀式の中のあるものを取捨選択すること自体は小事に過ぎないが、教会の共同の秩序規律を正当な手続き、権威によらずに個人が勝手に変えるのは神の前に大きな違反である」とされました。祈祷書は、国王と国会によって承認され、礼拝統一法によって、その使用が義務づけられました。

礼拝は、唱える言葉だけでなく、聖堂の作りや装飾、聖職や信徒の所作、祭具やその用い方等々、様々な要素から成っています。その中で何か「違う!」と思わされることがあると、思いがけず深刻な紛争になることがあります。そういう時は、そもそも何が定められていることなのか、何が慣習に属することなのか、ということをわきまえる必要があります。

礼拝についての定めは、祈祷書に記されていることが全てです。聖公会手帳、カレンダー、教会歴・日課表など、便宜のために広く参照されているものがありますが、それらに書かれていることは必ずしも「定められていること」ではありません。

例えば、祭色は、手帳やカレンダーに書かれていますが、祈祷書では定められていません。祭色は礼拝の意向によって決まります。礼拝の意向は祈祷書の定める教会暦・日課表でほぼ決まりますので、実際には使われる祭色がそんなにばらつくことはありませんが、選択が分かれうる日もあります。例えば顕現節は、日本聖公会では、慣習的に、顕現日までは白、その後は緑、ただし顕現後第1主日・主イエス洗礼の日と被献日は白ということになっていますが、英国教会では、そのようにしている教会もあれば、伝統に従って被献日まではずっと白を使う教会もある、というように、必ずしも統一されていません。

ロウソク、鐘、花、祭服、香、聖水の使用についても、日本聖公会の祈祷書では定められていません。何か別の書物に礼拝に関する決まり事が書かれているということはありません(組織・運営については『日本聖公会法憲法規』で定められています)。これらは、すべて慣習に属することです。慣習は、多様性があって、それぞれに意味、歴史があるものですが、どれが正しいということは言えないものです。そのような事柄について意見が分かれた時には、そもそも祈祷書が作られた目的のひとつは、宗教的対立に解決を与えるためであった、ということを思い起こす必要があります。祈祷書で定められていないこと、慣習に属することについて、自分の正しさを主張することは、聖公会の精神に反するのです。

慣習に属することについては、その教会の司祭が、信徒が慣れ親しんできた形を踏まえつつ、礼拝の意向、典礼の神学等を踏まえて決定すべきことです。

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