台湾・阿美族の教会 :: 海辺のノート

台湾・阿美族の教会

5. March, 2006 • 0 Comments

アジア・キリスト教協議会(CCA)のプログラム委員会で台湾・台北に来ています。

今日は日曜日ですので、小グループに分かれて台湾の諸教会の礼拝に参加しました。どんな教会かは事前には詳しくは知らされず、私は台湾長老教会の教会としか聞いていませんでした。で、礼拝の途中で分かったのですが、そこは阿美(アミ)族の教会でした!

まずはじめの40分ほどは、みんな立ったまま賛美歌の途切れないメドレー。アップライトピアノに加え、電子ドラムとフォークギターの伴奏が付き、前に立つ2人の女性のリーダーに導かれて、時には振りつけも付き、熱狂的。…液晶プロジェクターで映し出されている歌詞がアルファベットでも書かれていて、ふと、北京語でないことに気が付きました。

あれ?と思っていたら、説教、奉献の後、報告(お知らせや代祷など)の時間になって、日本語を話せる人が隣りに来て説明をしてくれて、そこでやっと、この教会が台北に出稼ぎに来ている阿美族の人たちが集まる教会だということが分かったのでした。

出稼ぎの阿美族の人たちの教会だから、若い人が多く(そのまま都会に移住することはあまりなくて、いずれは故郷に帰るという人がほとんどとのこと)、賛美が熱狂的だったのです。阿美族は台湾の“原住民”10部族の中でも最も歌や踊りに情熱を持っていることで有名な部族です。

面白いと思ったのは、代祷、集会等の案内の終わりに、アミ族の言葉のミニ・レッスンがあったことです。しかも、取り上げられた2つの言葉の一つは、日本語からの外来語「osoy(遅い)」でした…。

アミ族の言葉は急速に失われつつあって、家庭でもほとんど使わなくなってしまっているそうです。そこで教会では、説教は北京語(台湾マンダリン)ですが、賛美歌や信仰告白などはできるだけアミ族の言葉を使っていて、礼拝の中で言葉のミニ・レッスンまでしています。

※ 添付の写真は説教の様子ですが、プロジェクターが映しているのが阿美(アミ)族の言葉。

ちなみに日本語は、例えば「kyokai(教会)」など、ずいぶんたくさん外来語として残っているようです。60歳代以上の人は今でも話せる人が多いということで、今日行った教会でも1人のおじいさんが礼拝の後に日本語で話しかけてくれました。(日本語でいろいろと説明してくれたのは別の人で、トヨタに勤めていて覚えたという人で、この教会の執事さんでした。)言葉の抑揚というか、発音の感じが、似ているらしく、2人の話す日本語には外国人訛りを感じませんでした。 なお、あるガイドブックに、原住民の部族間の共通語として今でも日本語が使われていると書かれていたのですが、そんなことはないようです。そういう世代があったということでしょう。

言葉以外に、アミ族の文化を礼拝に取り入れることについてどう考えているかを聞いたところ、賛美に民族舞踊的振り付けを取り入れたりするようになったが、まだ激しい議論があるということでした。

礼拝の後に、挨拶する時間がありました。まず日本から来たというだけで、一緒に行ったオーストラリア人、インド人にはなかった歓迎のどよめきが起こりました(ちなみに何も言わないと、韓国人ではないかと思って片言のハングルで話しかけてくる人が多い)。そして、NCCの東アジアの平和への取り組みについて話すのに、敢えて日本の教会の戦争責任から始めたのですが、いきなりどっと笑いが起こりました。後で日本語を話す執事さんに、台湾の人が日本の植民地支配をどう思っているのか聞いたのですが、台湾の場合は韓国や中国とは違うと言うだけで、日本語で説明するのが難しかったらしく、それ以上は詳しく話してもらえませんでした(英語は話せない人でした)。

まあ、関係史という意味でも、台湾自体の歴史的経緯における位置づけから出てくる意味でも、中国や韓国の場合と全然違うわけですから、日本による軍事侵略・植民地支配の受け止め方が違うのは当たり前であって、教会での挨拶への反応は意外だったわけではないのですが、興味深く思いました。こうして日本への好意を実際に肌で感じてみると、それを植民地支配の正当化に使っている者どもがいることが尚更に許し難く思われたことでした。

※ 台湾長老教会・西美中会(アミ族の教会の集まり)・中正教会はアパートの中のワンフロアーにある、礼拝出席者は平均70人ぐらいという教会でした。なお、台北近辺にはアミ族の教会は6つぐらいあるということでした。

※今日は「世界女性デー」に近い主日ということで、説教者、司会、“司献者”、“司琴者”が、みな女性でした。

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