宴会のたとえ

30. August, 2016 • 0 Comments

聖霊降臨後第15主日(特定17)ルカ14:1,7-14 説教

「安息日のことだった。イエスは食事のためにファリサイ派のある議員の家にお入りになったが、人々はイエスの様子をうかがっていた。」

天地創造は、闇と混沌に覆われた世界に光と平安をもたらされた愛の業でした。それゆえ、神はエジプトでの奴隷生活から解放されたイスラエルの民に、その解放を天地創造の業に重ね、記念するために、安息日を守りなさいとお命じになったのでした。

ここに信仰理解の根本があります。しかし、そのために、安息日の理解と守り方をめぐって、世の人々はイエスさまと鋭く対立しました。ユダヤ社会の指導者たちは、安息日には仕事をしてはならないという「掟」に忠実であるべきことを教えていましたが、イエスさまは、安息日の「心」に忠実であることを何よりも大切にされたからです。「人々はイエスの様子をうかがっていた」とあるのは、この対立の故でした。

日課で省略されている2節から6節には、この安息日に水腫を患っている人をイエスさまが癒やされたエピソードが記されています。イエスさまは病人の手を取り、病気を癒され、集まっていた人びとに言われました。「あなたたちの中に、自分の息子か牛が井戸に落ちたら、安息日だからといって、すぐに引き上げてやらない者がいるだろうか。」

イエスさまは、ここで語呂遊びをされています。イエスさまが話しておられたアラム語では、息子はベラア、牛はベイラア、井戸はベーラアです。「あなたたちの中に、自分の<ベラア>か<ベイラア>が<ベーラア>に落ちたら…」と言われたのです。当時、安息日には仕事をしてはいけないのだから、井戸に人や家畜が落ちたとしても助けてはならないと主張する考えがあった一方で、道具を使わなければ人間は助けてもよいが、家畜は助けてはいけない、という解釈を主張する考えもありました。そういう議論があることを背景に、イエスさまがどんな行動に出るかと人々が見守る中、イエスさまは重要な重要な掟を蔑ろにしたと非難されることになることを意に介されることなく、文化的コードを破ることを躊躇うことなく、病いを癒やされ、自分に注目している人たちの緊張を解くかのように、あるいは自分を批判しようと身構えている人をおちょくるかのように、「自分のベラアかベイラアがベーラアに落ちたら…」とおっしゃったのでした。それに対して、人々は答えることができなかった、とあります。

ファリサイ派の人々は、律法というものを、ヘレニズム文化の影響を受けて<法律の論理>で捉えて議論していたわけですが、イエスさまは、律法を<愛の論理>で捉えるべきことをお教えになったのでした。あなたたちの議論は、安息日に井戸に他人の子や牛が落ちたらどうすべきか、という一般論だ。しかし、自分の子や牛が落ちたら、あなたたちはどう行動するのだ、と問われたのです。イエスさまは、自分の子が危険に瀕した場合に自ずと示す愛の論理を、同じように、苦しみの中にある他人にも適用すべきことを身をもって示されたのでした。

これは本日の日課に選ばれている7節~14節、そしてそれに続く15節~24節で述べられる教えの実例になっています。

次の第7節に、「イエスは、招待を受けた客が上席を選ぶ様子に気づいて、彼らにたとえを話された」とあります。「気づいて」という訳は、原文の意味を伝えるものになっていません。この「エペコー」という語は、軍隊で使われれば、「戦いの最前列に立つこと、相手と直接相対すること」を表現するような言葉です。イエスさまが、たった今、水腫の人の癒やしをめぐって起きたのと同じような対立に臨まれたということを、福音書記者は言いたいのです。

どうして、イエスさまは、食事の場に入ってきた人々の行動の有様を見て、対決する姿勢を取られたのでしょうか。今、人々が臨んでいるのは安息日の食事です。神の愛の業の完成を記念する食事、そしてまた、来たるべき救いの日における祝宴の先取りであるはずの食事です。それなのに、そこに招かれていたのは、イエスさまも含めて、イスラエルの教師として世間の注目を集めていた人たち、イスラエル社会のセレブリティばかりでした。そこにいたイエスさま以外の人にとっては、ファリサイ派の議員が催したこの食事の場は、当時の文化の粋をきわめた場、そこに連なるだけでも社会的栄誉を覚える場であったことでしょう。「招待を受けた客が上席を選ぶ様子」をイエスさまがご覧になったと言われているのは、そういう場であったということが言われているのでしょう。イエスさまは、そこに、安息日の掟をめぐる議論に表れているのと同質な、神の国と対立する世の縮図を見て取られたのでした。

「文化」は、通常、よいもの、と考えられています。文化とは、その社会で習得、共有、伝達される生活様式の総体を意味します。その土地で人と人とが共に生きていくために発達させ、深め、豊かにしてきたもの、それが文化です。その中で生きている多くの人にとっては、当然、文化は「よいもの」ですし、その文化をよりよく身につけること、その文化の中で認められようとすることは、その人にとっても、その人が生きる社会にとっても「よいこと」です。

しかし、文化というものが、人と人との関係のあり方に係わるものである以上、それはまた、その社会における優劣や、その社会の内と外の境界線を規定して、強い者と弱い者、あるいは中の人と外の人を作り出すもの、差別を作り出すものでもあります。社会で多数者として生きている者には、文化というものの、この否定的な側面はなかなか分からないものです。

先日の「相模原事件」の後、ある脳性麻痺のお医者さんが次のように書いておられるのを読んで、自分との事件の受け止め方の違いに目を覚まさせられる思いをして、改めてこのことを考えさせられました。

「…事件を知って、私は動揺しました。介助者の圧倒的な暴力によって、障害者が犠牲になる。過去のものだと思っていた恐怖が、また蘇ってきたのです。事件を知ってからというもの、数日間、どうにも体調が優れないのです。何か、身体が重く、風邪をひいたときのようなだるさがある。脱力感と一緒に、怒りのような感覚も起こるけど、どこかで諦めているような感情がある。そのうち、映像が見えてきました。私の幼少期の経験です。映像の中の私は、治療の一環として、リハビリをやらされているんですね。私の意思とは関係なく、トレーナーが私の身体を曲げて、伸ばし、ねじ伏せる。自分が健常者になれる、という目標におよそ、リアリティーが持てないまま、なぜか健常者になるためのリハビリを強要される。そんな映像でした。このとき感じた恐怖は、こういうものです。『もし、介助者に悪意があったら、このまま死んでしまうかもしれない』、『うまくいかなかったら、彼の気持ちを損ねてしまうかものしれない』、『リハビリがうまくいかなかったら、社会から隔離されて、一生を終えるのではないか』。私はうまくリハビリをすることができなかったから、自分は無力だと思っていました。そして、自分のことを、自分で決めることができない現実に恐怖を覚えたのです。私たちは1人で生きることができません、食事も、トイレ、排泄も1人でできない。だから、他者と交渉を重ね、つながることで生きることを選んできました。もし、他者が私を拒絶し、暴力でねじ伏せようとしてきたら…。事件の一報を知って、そのとき感じていた、無力感が久しぶりに蘇ってきたんですね。外に出るのが急に怖くなりました。私の障害はとても、わかりやすいものです。車椅子に乗って外に出歩くと、急に殴られたりしないか、暴力で押さえ込まれたりしないか。電車のなかで、舌打ちをされると、それが私に向けられたものではないかとひるむんですね。舌打ちなんて、何年も気にしたことすらないのに。自分のなかで、積み上げてきた何かが、壊れていく。そんな感覚にとらわれました。」

差別は、社会で多数者として生きている者には一般論の問題です。法律の解釈の問題であったり、モラルの問題であったりして、それを取り上げることは政治問題ということになります。しかし、少数者にとっては、何よりもまず命のかかった問題なのです。自分の生存がゆるがされているという恐怖を与えられる問題なのです。多数者として生きている者には、文化というものの、この側面がなかなか分かりません。問題は一般論ではなく、自分はその命を脅かされている人とどう関わるのか、という愛の問題であるということが分かりません。イエスさまは、食事の場で、少数者の視点、下からの視点で、このことを強く感じ取られたのではなかったでしょうか。

ユダヤ社会の多数派であったファリサイ派は、律法を<法律の論理>で捉え、生活全般を宗教文化的に精緻なものにしようとしました。その結果として、優劣の論理、排除の論理を働かせていました。イエスさまはそれを見て、<愛の論理>を対置し、「祝宴に招かれたら、末席に着きなさい」、また、「祝宴を催す時は返礼ができない人々、貧しい人、体の不自由な人、足の不自由な人、目の見えない人を招きなさい」とおっしゃったのです。

「末席に着きなさい」という教えは、それだけを取り出してみると、箴言(25:6-7)の知恵の言葉と同じで、ある種の処世術のようにも読めてしまいますが、イエスさまは文化的土俵における教えとして言われたのではなく、「だれでも高ぶる者は低くされ、へりくだる者は高められる」という神の国の論理を、神の愛をお教えになっているのです。

「返礼ができない人を招きなさい」という教えは処世術として読まれることはないと思いますが、この言葉も「そうすれば自分は救われる」というように功利主義的な読み方をしてしまったら、理解を誤ることになるでしょう。イエスさまは、神は全く無償で招いてくださるのだ、という神の国の論理、神の愛をお教えになっているのです。

そして、その神の愛を生きるようにと招いておられるのです。

イエスさまがお教えになった神の国の論理は、ファリサイ派の人びとが信仰的な熱心さから完全なものにしようとしていた「文化」の否定的な面を照らし出しました。これはもちろんファリサイ派に限ったことではありません。神の愛に忠実に生きようとして、わたしたちは文化をつくりだします。法律、制度、慣習を作り出します。しかし、それらと神の愛を取り違えてしまってはならないのです。人間の文化は相対的なものに過ぎないこと、その中における優劣の基準、その外と内とを分ける基準を作り出してしまうものであること、決してその延長線上に神の国があるわけではないこと、それゆえに「み国が来ますように」と祈り続けなければならないことを忘れてはならないのです。

わたしたち自身が神の愛の大きさに生かされていることを覚え、そうすることに困難、不安を覚える状況にあっても神の愛の大きさを生きてまいりましょう。

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