マルタとマリア

23. July, 2016 • 0 Comments

聖霊降臨後第9主日(特定11)
創18:1-10b, ルカ10:38-42

◆ 昨日は、現在エルサレム教区から来日しているジョージ・コプティ司祭の講演会に行ってきました。ジョージ・コプティ司祭は、4年前に来日した際は、この長坂聖マリヤ教会を訪ねてくださいました。その時はレバノンで牧師をしておられましたが、今はヨルダンの首都アンマン旧市街にある聖パウロ教会で牧師をされています。今回の講演会の主題は、教会で今取り組んでいる難民のための働きについてでした。

ヨルダンは、旧約聖書の時代、エドム人が住んでいた国、その首都のアンマンはアンモン人が住んでいた国です。エドム人の「エドム」は、創世記のアダムとエバの「アダム」と同じ語から派生していて、赤茶けた土の色を意味する言葉です。水が少なくて、赤茶けた土の荒地が多いことに因んでいます。ヨルダンの人口は650万人。東京都の人口のちょうど半分位、面積は北海道とほぼ同じ位です。

2011年以後、そのヨルダンに、シリア、イラクからの難民がどの位、流入したと思われますか?ちなみに、日本では60人以上のシリア人が難民認定を申請して、認められたのは3人でした。ヨルダンは、現在、シリア人難民を125万人、イラク人難民を20万人、受けいれています。その他の国からの難民や外国人労働者を含めると300万人もの外国人がヨルダンに住んでいます。しかも、ヨルダンの人口650万の内、その半分の324万人はパレスチナ人難民です。

ヨルダンは、決して余裕のある国ではありません。中東で最も貧しい国のひとつです。石油が出ないからです。国土の80%は砂漠地帯で、慢性的に水不足に悩まされています。そんな国が、2011年以降、シリアとイラクからに限っても150万人もの難民を受けいれているのです。

ジョージ・コプティ司祭がヨルダンに移られたのは2013年でした。その時、赴任したアンマンの聖パウロ教会は、礼拝出席者が15人ぐらいだったそうです。その前の10年間、定住教役者がいなかったこと。教会は旧市街にあるのですが、郊外の新しい住宅地に多くの信徒が引っ越したことなどから、信徒が少なくなっていたそうです。その人数ですから、もちろん全く余裕のない状態だったわけですが、アンマンに着任したジョージ・コプティ司祭は、近くの修道院や小さなアパートなどにシリア難民がたくさんいるのを見て、彼らを訪問し、共に祈り、支援の方法を模索し始めました。旧市街は貧しい地域であるため、生活費、住居費、交通費が安く、また教会がたくさんあるので(2㎢に11教会)、クリスチャンの難民が多く集まっています。聖パウロ教会は、彼らのため、教区の協力を得ながら、食糧、生活必需品と交換できるクーポン券の配布、子どもたちの支援、女性たちの支援、オーストラリアやカナダへの移住を目指す人たちのための英語のクラスなどをスタートしました。

難民の子どもたちの支援で目的としているのは、精神的に支えること、友達をつくる場を提供することですが、これは難民のための特別プログラムとしてではなくて、日曜学校の活動として取り組まれています。シリア人、イラク人、エジプト人、ヨルダン人の子どもたち、クリスチャンの家庭の子どもも、イスラム教徒の家庭の子どもも、一緒に参加して、50人前後で日曜学校をやっているのです。

女性たちの支援で目的とされているのは、女性たちが自分自身のケア、家族のケアをするための、実践的な知識、技術を身につけることで、毎月、様々な専門家を招いて開かれています。60人ぐらいが参加しています。なお、この3年間、こうして様々な活動を展開する中で、礼拝出席者も難民を含めて60人位になったそうです。

わたしたちの教会と変わらない規模の教会でこれだけの難民支援活動が取り組まれていることに驚かされましたが、コプティ司祭は「わたしたちが対象にしているのは比較的小さな難民のグループであるが、その方が効果的で集中したケアができると信じている」と話されました。

また、「なぜ難民支援に取り組むのか」と問われるならば、イエスさまが『わたしはあなたにとってあかの他人なのに、あなたはわたしを迎え入れてくれた』とおっしゃったからだ(マタイ25章35節)と言われました。そして、イエスさまは、生まれてすぐにヘロデ王の手を逃れてエジプトで難民としてお暮らしになり、生涯、生まれ故郷のベツレヘムに帰る機会がなかった方であることも忘れてはならない、とおっしゃいました。

◆ さて、本日の旧約聖書と福音書は、この「見知らぬ人の歓待」がモチーフになっています。

アブラハムは見知らぬ旅人を歓待し、そうすることで気づかずに天使をもてなしました。そのアブラハムが神から「生まれ故郷、父の家を離れてわたしが示す地に行きなさい」と言われ、召し出されたときに言われたのは、「あなたを祝福する人をわたしは祝福し、あなたを呪う者をわたしは呪う」という言葉でした。神は、難民となって旅するアブラハムを受けいれるものを受けいれ、受けいれないものを受けいれない、と言われたのです(ラビの伝承では、アブラハムとその父テラは、宗教的迫害の故にカルデアのウルを出ることになったとされています)。この約束の言葉を信じたアブラハムは、自らも見知らぬ旅人を受けいれ、歓待することに務め、それによって約束の子を与えられました。イスラム教も、中東のキリスト教も、この歓待の伝統を信仰生活の柱として今も大切に守っています。国としての難民受けいれの姿勢の背景にもなっているのではないかと思います。

本日の福音書、マルタとマリアの物語も、この「見知らぬ人の歓待」という文脈で語られていることを押さえる必要があります。弟子たちの派遣の記事で言われているように(9:1-6, 9:51-55, 10:1-16 + マタイ25:31-46)、見知らぬ人を歓待する人は、神の前に謙遜な人であって、神はその心に聖霊を浸透させ、来臨された復活の主を見ること、聞くことを得させます。「悔い改めて立ち帰りなさい。こうして、主のもとから慰めの時が訪れ、主はあなたがたのために前もって決めておられた、メシアであるイエスを遣わしてくださるのです」とペトロが説教で語った通り(使徒言行録3:19-20)。それがアブラハムの宗教の伝統に立つ、救いの訪れに関するキリスト教の理解です。

マルタは「もてなし」に勤しんでいたと書かれています。「もてなし」と訳されている語は「ディアコニア」で、元々は「テーブルで給仕する」行為を意味する言葉であり、教会で使われる「奉仕」という言葉はこのディアコニアの訳語です。聖書では、ディアコニアとは、神の救いに出会った者が取るべき態度、イエスに従う者の姿を表す言葉として使われます。マルタはイエスさまを迎え入れ、神の救いに出会ったからこそ、もてなし=奉仕に勤しんでいたのです。

このことを踏まえなければ、マルタはイエスさまをキリストとして迎えなかったのだとか、「もてなし」に勤しむマルタと「もてなし」をせずに話に聞き入るマリアが対比されている、などと、誤って読んでしまいかねません。奉仕よりも祈りが大切である、活動よりも礼拝が大切である、といった誤った読み方をしてしまいかねません。そうではないのです。食事や宿泊の世話をするという行為であれ、話を聞くという行為であれ、どちらも客人をもてなす行為です。

ですから、マルタが「もてなし/奉仕」に一生懸命であること自体は全く問題ではないのです。

では、マルタの何が問題なのでしょうか。40節に、「マルタは、いろいろのもてなしのために『せわしく立ち働いていた』」とあります。「せわしく立ち働いていた」と訳されている語は「ペリスパオー」という動詞です。これは、「周囲に」という意味の「ペリ」、「引き離す」という意味の「スパオー」の合成語です。マルタは「周囲に引き離されて」いました。中心から離れていました。むしろ自分が中心になっていました。

問題は、彼女の心の中に渦巻いていた思いでした。揃えるべき料理の品数が気になっていたのでしょうか。女性に求められていた役割を果たさずに話に聞き入っていたマリアがどう見られるかが気になっていたのでしょうか。その姉としての立場が気になっていたのでしょうか。妹が、姉である自分に配慮せず、協力する態度を見せないことが気になっていたのでしょうか。

「わたしの姉妹は、わたしだけにもてなしをさせていますが、何ともお思いになりませんか」というマルタの言葉は、今も教会や奉仕団体でしばしば聴かれる言葉ではないでしょうか。「しきたりが分かっていない!」「なんであの人は協調して奉仕しようとしないのか」「自分ばかりが働いていて、誰もそれを気にしていない」「自分が無視されている、自分の思いが受け止めれていない」等々。

イエスさまを迎え入れ、神の救いに出会い、それに応えて奉仕を始めたはずなのに、自分の中の様々な思いによってイエスさまから心が離れてしまっている、ということはないでしょうか。だから、イエスさまはマルタに言われたのでした。「マルタ、マルタ、あなたは多くのことに思い悩み、心を乱している。しかし、必要なことはただ一つだけである」と。

ただ一つの必要なこと、わたしたちが最も大切にすべき奉仕、それはイエスさまの奉仕を受けることです。イエスさまは「わたしは仕えられるためではなく、仕えるために来た」とおっしゃった。イエスさまを迎え入れるとき、主客が転倒するのです。家の主人はもはや「わたしたち」ではなく、イエスさまになります。中心はマルタでもなく牧師でもなく、イエスさまになります。「わたしたち」がもてなすのではなく、イエスさまがもてなしてくださるのです。

「主イエス・キリストよ、おいでください。弟子たちの中に立ち、復活のみ姿を現されたように、わたしたちのうちにもお臨みください」と言って、わたしたちは礼拝を始めますが、その時から既に、ホストを務めるのは、わたしたちではなく、イエスさまなのです。

それなのに、しばしばわたしたちは、熱心に仕えようとするあまりに自分にとっての「マリア」を気にして心を乱し、イエスさまから奉仕を受けることを忘れてしまう。イエスさまの奉仕、それは神の国について教えること、天の祝宴にあずからせることです。その言葉によって、その業によって。マリアは、神の国を渇望し、その教えに食い入るように聞き入っていました。だから、「マリアは良い方を選んだ」と言われたのでした。

「何をしたら、永遠の命を受け継ぐことができるでしょうか」という問いに対する答えとして、「よきサマリア人のたとえ」と、マルタとマリアの物語を、先週、今週と読んでまいりました。「行って、奉仕すること」も、「座って、聴くこと」も、み心が地に行われること、み国が来ることを求めて為す「歓待」です。それによって、わたしたちは神の国を受け継ぐものとされます。

大切なのは、その心です。神の国を求めて為すのでなければ、歓待は歓待になりません。せっかくその道を歩んでいても、祭司やレビ人のように「避けて」しまいます。イエスさまを迎え入れても、マルタのように主が与えてくださるものを受けられなくなってしまいます。

「ただ、神の国を求めなさい。そうすれば、これらのものは加えて与えられる。」このみ言葉を改めて覚え、歩んでまいりましょう。

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