山に逃げなさい

15. November, 2015 • 0 Comments

聖霊降臨後第25主日(B年 特定28)説教
ダニ12:1-13, 詩16:5-11,ヘブ10:31-39,マコ13:14-23

日本時間で昨日早朝、パリで大規模なテロ事件が起こりました。129人が殺害されました。わたしはiPhoneにBBC newsのアプリを入れているので、事件直後に音が鳴って事件を知りましたが、テレビをつけても報道されておらず、どういうことだろうかと思わされました。その後、報道が入ってきましたが、今度はそれによって作り出された雰囲気に違和感を覚えました。連帯感を訴える雰囲気が作り出されていたからです。

ご存じでしょうか。パリでの事件の前日、レバノンの首都ベイルートでもISによるかつてない規模の連続自爆テロがあって、43人が死亡し、240人以上が負傷を負う事件が起こっていました。パレスチナでは、先月以来、イスラエルによる国家テロとも言うべき弾圧で、すでにパレスチナ人77人が殺害されています。レバノンでも、パレスチナでも、無辜の市民が無差別に暴力の犠牲になっているのです。でも、パリでの事件のようには受け止められていないのです。それをfacebookなどで見ていて、やりきれない悲しい気持ちに襲われました。

政治指導者たちからは、悪を懲らしめなければならない、団結して戦うぞ、といったメッセージばかりが伝わってきました。

「これは武装テロリスト、ダーイシュ、武装ジハーディストによって、フランスに対し、我々が世界中で守る価値観に対し、我々の存在そのもの、すなわち地球全体に語りかける自由な国に対してなされた戦争行為です。」(フランスのオランド大統領)
「これは、私たちが共有するすべての人間性と普遍的な価値に対する攻撃だ」(米国のオバマ大統領)
「この攻撃はフランスに対するのと同時に欧州全体への暴力だ」(EUのトゥスク大統領)
「フランスだけでなく世界中の自由に対する攻撃と抑圧だ。神の名を使った脅しは悪魔のやることだ。…自由と国民を守る地球規模の戦いになる」(オーストラリアのターンブル首相)

ちなみに、オランド大統領はカトリックの家庭で育った無神論者ですが、トゥスク大統領、ターンブル首相はローマ・カトリック、オバマ大統領はプロテスタントの信仰者であるはずの人たちです。

聖書は、こんな時、どうするべきであると教えているでしょうか。

「破壊をもたらすおぞましき者が立ってはならない所に立つのを見たら、そのときは山に逃げなさい。」イエスさまは、そうお教えになりました。

わたしたちは、「逃げなさい」と命じられているのです。 「逃げる」とは、どういうことでしょうか。悪行、不正をそのままのさばらせることになるではないか、消極的な選択ではないか、対決して正義を示すべきではないか、と思われるでしょうか。しかし、聖書は、旧約聖書も新約聖書も一貫して、「逃げなさい」と教えています。

今夏の平和記念講演会で、田口重彦牧師が、平和をつくる者になるためのヒントのひとつとして、争いを避け続けたイサクを取り上げてくださいました。イサクは、父アブラハムが砂漠地帯でやっと探し当てて苦労して掘った井戸をことごとくペリシテ人に土で埋められ、土地を追い出されました。それから行った先々でも、井戸を掘って生活基盤を築くたびに、繁栄ぶりに脅威を覚えて敵意を抱いた近隣住民に襲われ、そこを立ち退く、ということが繰り返されました。しかし、その結果、イサクの共同体は次第に周辺諸民族の信用を得て受け入れられていきました。そして、ついにペリシテの王は、神がイサクの共同体と共にいて祝福していることを悟り、和解を申し出たのでした。

創世記26章に記されたこのイサクの物語は、その後の神の民の歩みの範型になっています。出エジプトにおけるイスラエルの民の歩みも、新バビロニア帝国による侵略を受けたユダヤの民の歩みも、イサクの物語に重ねて読むことでよく理解されます。神がモーセを通して命じられたのは、権力奪取ではなく、立ち退くことでした。神がエレミヤを通して神の民に命じられたのは、徹底抗戦ではなく、降伏することでした。

「見よ、わたしはお前たちの前に命の道と死の道を置く。この都にとどまる者は、戦いと飢饉と疫病によって死ぬ。この都を出て包囲しているカルデア人に、降伏する者は生き残り、命だけは助かる。」(エレミヤ書21:8-9節)

新約聖書では、この範型をイエスさまの誕生物語に見ることができます。ユダヤ人の王、メシアが生まれた、と聞いたヘロデ王は、脅威を覚え、幼子イエスを見つけだして殺そうとします。ヨセフは、天使から、「起きて、子どもとその母親を連れて、エジプトに逃げ、わたしが告げるまで、そこにとどまっていなさい」という主の言葉を告げられ、ヘロデ王が死ぬまでエジプトで避難生活を送りました。帰国後も、ヘロデ王を継いだアルケラオの目を避けて、都から遠く離れたガリラヤ地方に引きこもって、ナザレの町に住んだのでした。

先々週、東京でのシリア難民についての学習会で、カイロ大学日本語科で教えておられる久山宗彦先生から、コプト教会は、この聖家族の避難の旅に、迫害を受ける中で「敵を愛しなさい」というイエスさまの教えを守って歩むための範型を見いだしてきたことを教わりました。不正義、悪行をなす相手を凝らしめたいという自分の欲望と自分が戦う、これがエジプトのコプト教徒の基本的な姿勢である、それは戦いではあるが、精神的な武器をもっての抵抗である、ということでした。

久山先生は、さらに、メッカで迫害を受けてメディナに移ったムハンマドの「聖遷(ヒジュラ)」をこの聖書の伝統において捉え、それは「ジハード」のひとつの重要な形としての「平和をつくりだす」ための選択だったのだ、ということを指摘されました。ジハードを「聖戦」としてだけ捉えるのは間違いであって、それはアッラーのために努力し、至らないところを変えていくことを意味するのであり、その意味でメディナへの聖遷は最善のジハードだったのだと。

コーランには次のようにあります。「われとわが身に害なしているところ(具体的には、マホメットと共にメッカを去ることを肯ぜず、不信の徒の間に安閑として暮らすことを好んだ人々を指す)を天使らに召された(死んだ)人たち。天使らがこれに「汝らどのような状態であったか」とお訊ねになると答えて言う、「わしらは地上では、ひどくいためつけられておりました。」すると(天使らは)「だがアッラーの大地はあれほど広いものを、どこへでも居を移せばよかったではないか」と言う。このような徒の行きつく先は、ジャハンナム(ゲヘナ)。まことに情けない行先よ。」(『コーラン』上 井筒俊彦訳, 岩波文庫, 第59刷 p.128)

ここには、まさにイサクの物語の教えを見て取ることができます。このヒジュラに関するコーランの章句が明らかにしているように、聖書の伝統における「避難」は、すぐれて積極的な行為なのです。それは自分の生活を守ることを優先する選択ではありません。信仰に生きることを優先する選択なのです。

イエスさまは、「破壊をもたらすおぞましき者が立ってはならない所に立つのを見たら、そのときは山に逃げなさい。屋上にいる者は下に降りてはならない。家にある物を何か取り出そうとして中に入ってはならない。畑にいる者は、上着を取りに帰ってはならない」とお教えになりました。また、「ロトの妻のことを思い出しなさい。自分の命を生かそうと努める者は、それを失い、それを失う者は、かえって保つのである」とお教えになりました。

イエスさまは、自分の命、アイデンティティを、生活の物質的な基盤(政治・経済的、社会的、文化的な基盤)と同一視して、それから未練なく離れられない者は滅びるしかない、とお教えになったのです。ましてや、それを何としても守ろうと、信仰に生きることを捨てるならば、あるいは、悪行、不正として目に映ったものを懲らしめようと自分も暴力に訴えるならば、自ら地獄に身を落とすことになると。

聖書が教える「避難」とは、平和をつくりだすための実際的な非暴力抵抗の在り方であり、また究極的な平和に入るための積極的な信仰者の生き方なのです。

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