基本的な所作

30. 7月, 2014 • 2 Comments

◆ 2014/8/10 週報のコラム

同じ聖公会でも、以前は各々の歴史に関わった伝道協会や聖職によって、大切にされる伝統が異なっていました。典礼改革によって古代からの礼拝の在り方についての理解が深められたこと、また海外の伝道協会から自立したことで、各教会の伝統も相対化され、現在は違いが意識される機会はあまりなくなっています。伝統の違いによる対立的な意識が薄れたのはよいことですが、伝統の中で育てられることがなくなったという面もあるかもしれません。

長坂聖マリヤ教会では、礼拝が始まる30分~15分前ぐらいには来られる方が多いこと、愛餐会が大切にされていること、この二つは特徴的なよき伝統として守られています。

しかし、所作についてはあまり明確なものがなく、新しく来られた方が周りを見て学ぶことは容易でない状態にあるようです。そこで、このコラムで何回かに分けて基本的なことを確認したいと思います。

○ 雑談を慎むこと: 聖堂は祈りの場です。礼拝中はもちろんのこと、それ以外の時も、雑談は慎みましょう。特に礼拝前や陪餐中に会話をしないようにしましょう(会館でどうぞ!)。

○ 黙礼: 聖堂の中央を横切るときは、十字架の方に向き直り、上半身はそのまま、軽く頭を下げる黙礼をします。(※ 長坂では一般的ではありませんが、礼拝中、イエスさまの名を口にするとき、あるいは「栄光は父と子と聖霊に」と唱える時に黙礼する慣習もあります)。

○ 深い礼: 聖別されたパンと葡萄酒が置かれた聖卓の前に立つ時(陪餐のため中央に出る時)、手を合わせ、上体を45度ほどに曲げる礼をします。跪拝(ジェヌフレクション)も行われます(※ 背は伸ばしたまま、右ひざを床につくまで曲げます)。

○ 祈る時の手の形: キリスト教ではこうでなければならないということはなく、また個人的に祈る場合の形は自由ですが、日本聖公会で共同体として捧げる礼拝では、両手の指を真直ぐに伸ばしたまま手のひらを合わせ、親指は互い違いにxじるしに重ね、胸の辺りに軽くあてる形が取られています。すべての物事から手を離し、ひたすら神に向かうことを象徴する形です(※ 今はそのように理解されています)。礼拝中、祈りを捧げる時の他、福音書が朗読される時に、この形を取ります。

◆ 2014/8/17 週報のコラム

プロテスタント教会では行われていなくて、聖公会では行われている所作として、「十字をしるす」ことがあります。

クリスチャンが頻繁に額に十字をしるすことについては、紀元200年前後にカルタゴのテルトゥリアヌスが言及しており、東方教会でも西方教会でも広く継承されていますが、伝統的教会から自分たちを断絶しようとしたプロテスタントの群れでは行われなくなりました。宗教改革を行った教会でも、聖公会、メソジスト教会、ルーテル教会では行われています。

テルトゥリアヌスの言及からも知られるように、古代教会では、額に親指で小さく十字をしるすのが一般的だったようです。それは現在でも、洗礼式で受洗者の額に十字をしるす、灰の水曜日に灰で額に十字をしるす、塗油の式で額に十字をしるす、といった形で残っています。

福音書の朗読の際、額(思い)と口(言葉)と胸(行い)において福音の証し人となることを表す意味で、小さく十字をしるすことについては、前に書きました。

4世紀頃に、額だけでなく、大きく体に十字をしるすようになりました。細かい所作は、地域、伝統によって異なります。聖公会を含む西方教会では十字の横棒は左から右へとしるしますが、東方教会では逆です。また、わたしたちの場合は、右手の5本の指を伸ばした状態で十字をしるしますが、指2本だけ、あるいは3本だけを使う教会もあります。

聖公会では、大きく十字をしるす場合、左手は軽く開いてみぞおちの辺りに置き、右手を軽く開いて、5本の指は自然に伸ばした状態で、その中指を額にあて「父と」と唱え、そこから胸まで下ろして「子と」と唱え、次にその右手を左肩から右肩に引きながら「聖霊のみ名によって」と唱え、両手を胸の前で合わせ「アーメン」と唱えます。

十字をしるすことは、イエス・キリストの十字架の死による贖いと復活への信仰を表すこと、大きく十字をしるす場合には、同時に、父と子と聖霊なる三位一体の神への信仰をも表すことで、それ自体で祈りとしての意味を持ちます。ちなみに、古代には、額は天を、胸は地を、両肩は力の場所としるしである、という理解もありました。

大きな十字は以下の時にしるします:

(1) お祈りのはじめに「父と子と聖霊のみ名によって」と唱える時。(2) 大栄光の歌の最後(164頁)、(3) ニケヤ信経(167頁)、使徒信経の最後、(4) 懺悔の後の赦罪の祝福の時(171頁)、(5) 「聖なるかな」に続く「ほめたたえよ」を唱える時(174頁)、(6) 感謝聖別の祈りにおけるパンと葡萄酒の奉挙の時(175頁)、(7) 陪餐の時(182頁)、(8) 最後の祝福「父と子と聖霊なる…」の時(183頁)

2 Comments to “基本的な所作”

  1. ACSquirrel より:

    たいへんハイチャーチな教会のようで、嬉しく思います。丁寧なご説明ありがとうございます。

    • Michinori Mano より:

      コメントありがとうございます。現実には、会衆の高齢化のためにリタージカルな礼拝を献げるのは難しくなっていて、悩ましいところです。

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