聖書日課の朗読について

27. June, 2014 • 0 Comments

◆ 2014/6/8 週報のコラム

典礼刷新の基本的な線のひとつは、共同体として捧げるものとしての礼拝の回復ということでした。そのために信徒の役割は大きく変わり、聖書日課朗読、代祷祈願、供え物の奉納を信徒が担う形が回復されました。しかし、信徒が担っても、経験豊かな特定の人ばかりで分担するならば、共同の奉仕になりません。すべてのキリスト者が祭司の民であり、預言者なのですから、みんなで聖なる務めを分かち合いたいのです。

長坂聖マリヤ教会では、聖書日課朗読をできるだけ多くの方にご奉仕いただけるように分担表を作ってお願いしています。そこで、聖書日課朗読者に持って頂きたい心得についてまとめました。

○ 声に出して読んで備えてください。読む箇所が分からず戸惑ったり、読み方で詰まったりすることがないようにしましょう。疑問点は調べられる範囲で調べておきましょう。文脈を把握せずに文字を追う読み方では、聞いている人の耳にも言葉が入ってきません。

○ 朗読者が席を立つタイミングは、旧約聖書の朗読者は、特祷の「アーメン」を唱え終えたところです。祈りの最中に席を立つことは望ましくありません。使徒書の朗読者は、詩編交唱の後半に入ったら席を離れて下さい。礼拝には流れとリズムがありますから、中断した印象を与える間があくことは望ましくありません。聖歌や詩篇の時に動くことは問題ありません。

○ 日課朗読者、とくに旧約聖書の朗読者は、朗読台に近い席にお座り下さい。祭壇正面の通路に近ければ、赤絨毯の上を進み、階段のところで深く一礼し、また司式司祭に軽く一礼し、壇を上がって朗読台の前に進んでください。朗読台側の壁側通路に近い席であれば、壁側通路を進み、壇に上がる前に司式司祭に軽く一礼し、朗読台の前にお立ち下さい。朗読の前後に司式司祭に軽く一礼するのは、朗読の任務受諾の意志を表すため、そして、務めを無事に果たしたことを表すためです。

○ 朗読を始めるにあたっては、会衆が十分落ち着いた雰囲気になっているのを見てから、読み始めるようにします。特に、旧約聖書の朗読者は、会衆が着座したばかりでまだざわついているのに読み始めるようなことがないようにします。

○ 聖書の本文は、会衆がはっきり聴き取り、味わえるように、急がず、誰もがどんな心境の時にでも受けいれ易い、客観性のある読み方をすることが大切です。抑揚を全くつけない棒読みでもなく、感情を込めすぎたり、声色を変えて芝居がかった演出をしたりするのでもなく、冷静な読み方を心がけます。

◆ 2014/6/15 週報のコラム

前回は聖書日課朗読者の具体的な心得について書きました。今回は、会衆側の心得と聖書日課朗読の典礼上の意味についてです。

† 聖書日課朗読に関する会衆側の心得

○ 典礼朗読は、「神が朗読者を通して語られる言葉を、その時、新たに聴くこと」です。それは出来事として体験されるべきものです。ですから、礼拝で日課朗読の際に、聖書あるいは聖餐式聖書日課を補助的に用いるのはよいのですが、文字を目で追うことに意識が集中してしまって朗読の声が耳に入ってこないようなことにならないようにしましょう。

○ そのためにも、日課朗読者だけでなく、会衆の皆さんも、その日の日課をあらかじめ読んでおくことが望ましいです。毎週曜日、時間を決めて次の日曜日の聖餐式聖書日課をあらかじめ読むようにすると、それが礼拝で朗読されるとき、また説教を聞くときに、違って聞こえてくるはずです!

† 聖書日課朗読の典礼上の意味(※『典礼奉仕への招き』(オリエンス宗教研究所編, 2005)から)

「聞く人のために本を読んで聞かせる行為、ここには、あらゆる奉仕の原点があるといっても過言ではありません。」

「聖書朗読がなぜ大切なのでしょうか。それは、典礼とは本来的に神の救いのわざを思い起こすことから始まるからです。歴史の中で、神が行われた救いのわざ、そして、何よりもキリストの生涯、その教え、行い、その死と復活を通して成し遂げられた救いのわざを思い起こし、そして今現在も恵みを持って働きかけておられる神に祈り、そのみわざの完成を待ち望むところに典礼の祈りが成り立つからです。そして、神がなさったこと、とりわけ、キリストによって成し遂げられたことを語り伝えるのが聖書ですから、この聖書を典礼集会の中で読むということは、共同体としての私たちが神に対して生きた感謝と賛美、そして祈りをささげるための根源ともなり、出発点ともなり、導きともなるのです。」

「『聖書が読まれるとき、キリスト自身が語る』(典礼憲章)といわれるように、神と私たちを結ぶ方としてともにおられるキリストとの交わりが、まさに朗読を通して実現するのです。参加する一人ひとりが神との生きた対話に入れるようにするためのサービスだと考えると、聖書朗読はいかに重要な奉仕であるかが分かります。」

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