聖公会における葬送の式

12. April, 2014 • 0 Comments

20世紀後半、ローマ・カトリックでは、葬送式は「キリスト信者の死の過越の性格をより明らかに表現」するように刷新され、古代教会の葬儀観が回復されました。

この典礼改革の影響が広まる中で、わたしたちがキリストの死と復活にあずかっていることを最もよく表明する典礼として、また死の現実の中にあっても神に結ばれた民が生者も死者もひとつであることを表明する典礼として、聖餐式が葬送式の基本要素として再認識されるようになりました。

永遠の命への教会の確信と喜びを損ない、また経済的な負担や腐敗を作り出してもいた煉獄思想を払拭しようとして、宗教改革者たちは、葬送式から聖餐をなくしましたが、トーマス・クランマーは例外的にも第一祈祷書(1549)に聖餐式を行う形を残しました。しかし、プロテスタント色を打ち出した第二祈祷書(1552)では聖餐式を伴う形は削除され、それがほとんどそのまま20世紀後半まで全世界の聖公会で継承されてきました。日本聖公会では、1959年祈祷書から聖餐式を行う形が回復されています(※それ以前の祈祷書には、記念聖餐式を行う場合の指示だけがあった)。

聖公会での典礼改革には、ローマ・カトリックの影響に加えて、1980年代半ば以後は、エリザベス・キューブラー・ロス等による死の受容と悲哀に関する考察の影響があります。

そのことをよく示す事実として、1662年祈祷書(※王政復古後に定められ、現在に至るまで英国議会によって承認された唯一の公的な祈祷書)、及び、日本聖公会の1938年祈祷書を含め、それに準じた各国の祈祷書に則った葬送式では、逝去者の名前が一度も言及されることがない形になっていたということがあります。

第一祈祷書、第二祈祷書などでは、委ねの祈りの中で「ここに逝去した親愛なる兄弟 ~ の魂を」というように逝去者の名前が唱えられる形になっていましたが、第六祈祷書ではただ「ここに逝去した親愛なる兄弟の魂を」と唱える形になっていたのです。逝去者の名前が唱えられるようになったのは、日本では1959年祈祷書から、英国では1965年の改定式文から、米国では1979年の改定式文からです。さらにその後の各国における祈祷書改訂の中で、ただキリスト者が持つ復活の希望と喜びだけを言い表すのではなくて、逝去者と親しかった人々が死の悲哀を乗り越える過程にあることを踏まえた様々な配慮が礼拝式に反映されるようになっています。日本聖公会では、このことは、現行祈祷書が作られる際に、通夜の式が新設されたことに表れています。

※ 参考文献
・”THE OXFORD GUIDE TO THE BOOK OF COMMON PRAYER – A WORLDWIDE SURVEY”, ed.Charles Hefling & Cynthia Shattuck, 2006

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