大斎節中の礼拝 :: 海辺のノート

大斎節中の礼拝

23. March, 2014 • 0 Comments

※ 2014年度 長坂聖マリヤ教会 大斎節講話資料

◆ 改められた教会暦上の強調点

1990年祈祷書が作られる際、併せて「別冊諸式」として『大斎節中の礼拝』が作られました。そこには、大斎始日(灰の水曜日)、復活前主日、聖木曜日、聖金曜日(受苦日)、聖土曜日(復活徹夜祭)の礼拝式文が含まれています。(※ 末尾に各々のポイントを書いてあります)

これは、教会暦の頂点として、キリストの受難と復活を記念する「聖なる三日間」(木~土)の典礼を回復しようとする、典礼改革のひとつの要として整えられたものです。

祈祷書に収められなかったのは、この種の礼拝式は一つの公的なものを決定しない聖公会の伝統によります。重要でないからとか、使いたい司祭だけが使うようなものだから、ということではありません。その式文を使う、使わないにかかわらず、教会暦上の強調点は、祈祷書改訂において改められています。その精神における積極的な利用が勧められています。

改められた教会暦上の強調点は祭色の変更に見ることができます。改定前は、祝日を除き、大斎節中は「紫色」が一貫して用いられていました(一部では受苦日には「黒色」が用いられていました)。現在は、復活前主日から聖土曜日までは「赤色」が用いられます。「紫色」は、人間の側の悔悛、悔い改めを強調する祭色ですが、聖週間は、そのこと以上に、主イエスご自身の十字架の犠牲、死から命への大いなる過ぎ越しのみ業に焦点を当てるべきである、という考え方から、受難を表す「赤色」が使われるようになったのです。

十字架を布で覆い隠すことをしなくなったのも、同様な強調点の変化によるものです。この伝統は、11世紀頃に始まったもので、大斎節の始まりに幕で祭壇を会衆の目から遮ったことに由来します。それは陪餐停止中の悔悛者への連帯を一つの動機として始まった、いわば「目の断食」で、聖金曜日の十字架崇敬、または復活徹夜祭のグロリアまで、祭壇の十字架と画像が布で覆い隠されました。今は十字架における神の業に焦点を当てるので、十字架を隠すことはしません。

◆ 聖週間の礼拝の歴史

聖土曜日の礼拝(復活徹夜祭)は、元来、年間を通して最も重要な祝祭でした。しかし、西方教会では、その行われる時間が繰り上げられていき、土曜日早朝に聖職者ばかりで捧げるような形になって意味が曖昧になっていました。

宗教改革において、英国では、復活前主日から聖土曜日までの聖週間の礼拝は、受苦日の3つの特祷と、聖週中の各日課(使徒書と福音書)を用いて行う聖餐式(金・土は聖餐式前部で終わる)という伝統のみが残されました。また、儀礼としては、エリザベス女王のために、国教会の長として臣下の足を洗う「洗足式」(聖木曜日の礼拝の中で行う)だけが残されました。そうして、聖週間の礼拝で聖書朗読を重視する聖公会の伝統が形成されました。

17世紀後半、また19世紀中頃に、「聖なる三日間」固有の礼拝を回復しようとする試みがありましたが、聖公会で全教会的に回復が始まったのは、ローマ・カトリックの第二バチカン公会議の影響を受けてのことです。ローマ・カトリックでは、1951年に復活徹夜祭が、1955-56年に聖週間典礼全体が改定され、1963年に公布された『典礼憲章』では、信仰生活がキリストの過越の秘儀に現実にあずかることに根源を持つものであることが強調され、典礼暦年は「聖なる三日間」と復活日を頂点とするものであることが確認されました。

東方教会では、聖週間が典礼暦年の頂点であるという理解は、古代から一貫して保たれています。聖地巡礼も、この時に行われる伝統があります。

なお、この改革には、1884年にイタリアで発見された『エゲリア巡礼記』が大きな影響を与えました。『エゲリア巡礼記』は、スペインの敬虔な女性が4世紀の終わりにシナイ半島、トランス・ヨルダン、エルサレムをはじめとするパレスチナ地方、 さらに北シリア、メソポタミアのエデッサまで大旅行を行って、そのとき見聞きしたことを書き残したもので、かなり詳しく当時のエルサレム周辺における典礼の在り方を知ることできます。

英国では、聖公会が世話役になって、バプテスト、長老派、メソジスト、会衆派、ローマ・カトリックから派遣された委員と共に、研究活動が行われ、1971年に「聖週間の礼拝」の式文が刊行されました。これが各国の聖公会の祈祷書改正に影響を与えました。

◆ 復活のロウソクの祝福、洗礼の約束の更新

聖土曜日の礼拝(復活徹夜祭)には、復活のロウソクの祝福と洗礼の約束の更新が含まれています。

復活のロウソクの祝福は、闇から光へという主のご復活を象徴する意義があります。復活のロウソクは、洗礼式、葬送式の際にともします。洗礼と葬送が、主の過越の秘儀にあずかるものであることを表すためです。

「洗礼の約束の更新」は復活日の礼拝でも(あるいは、新年その他の折にも)用いることができることになっていますので、その冒頭の勧めの言葉だけ、ここにご紹介します。

「主イエス・キリストのご復活を覚えて記念するわたしたちは、主ご自身の死から命へのよみがえりの秘儀を通して、わたしたちも、洗礼によって主と共に死に、復活によって主と共に主の教会に属する新しい命にあずかったことを覚えます。今、節制と愛の業にいそしみ、大斎節を守ってここに来たわたしたちは、自らの洗礼の約束を新たにし、主キリストへの忠誠と、すべての悪の業を退ける心を新たにいたしましょう。…」

* 英国聖公会の「洗礼の約束」

1. あなたは、使徒の教えと共同体、パンを裂くこと、祈ることにおいて歩み続けますか?
2. あなたは、悪への抗いにおいて耐え忍び、罪に陥ったときには常に悔い改めて主に立ち返りますか?
3. あなたは、言葉と範を示すことにおいて、神からのキリストにおけるよき知らせを宣言しますか?
4. あなたは、隣人をあなた自身のように愛し、すべての民の中にキリストを見いだして仕えますか?
5. あなたは、世界とその指導者たちのために祈ることによって、弱きものを守ることによって、また正義と平和を求めることによって、人間社会に対するキリストの権威を承認しますか?

◆ 大斎節中の礼拝のあらまし

○ 大斎始日(灰の水曜日)
・祈祷書の「共同の懺悔」と他の式(朝夕の礼拝等)を組み合わせて用いるか、あるいは、「別冊諸式」の「大斎始日(灰の水曜日)」の式文を用いる。
・「大斎始日」の式文を用いた礼拝では、前年の棕櫚の十字架を燃やして灰にしたもので、わたしたちが保ち続けなければならない悔い改めのしるしとして額に十字をしるす、ということが行われる。

○ 復活前主日
・主日礼拝でいつも用いている祈祷書の式文の、入堂から福音書までの部分、また代祷の部分を、「別冊諸式」の「復活前主日の礼拝」に定められているものに替えることができる。
・その場合、聖職と会衆全員が、聖堂の外から棕櫚の枝を手に持って行列で入堂する。あるいは、会衆が聖堂内で着席している状態から始めて、聖職と会衆が一緒に聖堂内を棕櫚の枝をもって行列でまわる、という形を取ることもできる。

○ 復活前月、火、水曜日
・朝の礼拝、嘆願に続き、定められた聖餐式日課を用いて聖餐式をする。

○ 聖木曜日
・主教座聖堂で、病者の塗油のための聖油聖別の聖餐式が行われる。教区の司祭は主教座聖堂に集まり、式の中で司祭按手の誓約を更新する。
・夕方、各教会では、聖餐制定を感謝し、記念する聖餐式が行われる。その中で、洗足の儀式を行うこともある。
・夜、ゲッセマネの園で、目を覚まして待つことができなかった弟子たちのことを思いつつ、血の汗を流して祈られた主に心を向ける黙想を行う。

○ 聖金曜日(受苦日)
・午前中、聖餐式前部(福音書朗読まで)を行い、正午から3時間礼拝(十字架の七聖語と祈り)を捧げる。
・「十字架の主に対する崇敬と賛美」のところで、等身大以上の大きさの木の十字架を用いる習慣がある。

○ 聖土曜日
・朝の礼拝、嘆願に続いて、特祷・旧約聖書・使徒書・福音書までで終わる。
・古代教会では、この日の夕方から主の復活を祝う礼拝が捧げられた。復活日前夕の黙想、入信の式/洗礼の約束の更新、復活のロウソクの祝福、聖餐式が、土曜日夕方から復活日午前中にかけて行われる。聖餐式は、復活日の夜明け以後に行われるのがふさわしいが、夜半過ぎに行われることもある。

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