光は闇の中に現れる

30. 12月, 2013 • 0 Comments

降誕後第一主日(A年)説教

今日は、ヨハネ福音書1章5節に注目したいと思います。5節は、新共同訳では、次のように訳されています。

「光は暗闇の中で輝いている。暗闇は光を理解しなかった。」

これはこれで暗い時代を生きるものにとって感動を与えられる言葉になっていますが、聖書学者の田川建三さんは、この5節を次のように訳しています。

「そして光は闇の中に現れる。そして闇はそれを捉えなかった。」

新共同訳とは違うかもしれないけれど、だから何だ?と思われるかもしれませんが、この訳の違いは、案外と大きな理解の違いに繋がりうると思います。

新共同訳の訳文では「暗闇」はイエス・キリストを受け入れない人を指している、と理解されます(田川氏の訳文は、1~5節の「言(ロゴス)」はイエス・キリストを意味していないということを前提にしているので、そう理解されません。※註参照)。しかし、それでは、エッセネ派のような二元論に囚われることになってしまいます。エッセネ派は、強烈な終末意識の下に当時の政治的宗教的体制に敵対して生きた人々でしたが、自分たちを<光の子>と呼び、自分たち以外のすべての人を<闇の子>と呼びました。

現代でも、自分たち以外を「ノンクリ」とか「サタン」と呼んではばからない一部の福音派のクリスチャンや、それほど極端ではないにしても、洗礼を受けている、受けていない、教会に属している、属していない、ということで、人間を二つに分割して見るクリスチャンがいます。また、政治運動の世界でも、倫理的モチーフを強く持っている人ほど相手を悪魔化した見方をするということが、しばしば見受けられます。

そのような二元論的な見方は、熱意あるいは熱狂と強い結束意識を作り出す一方で、自分たちの内なる影を他者に無意識に投影しながらそのことに気がつかない状態も作り出してしまうものです。それでは、身内のことは肯定し、他人は鋭く否定するようなメンタリティになってしまいます。道徳に厳格でありながら、謙遜と寛容に欠けた者になってしまいます。

そのようなことでは、聖書的な人間理解からも、イエスさまの十字架に生かされ、自らの十字架を負って生きる在り方からも、離れてしまいます。

ヨハネ福音書の第1章は、元々は洗礼者ヨハネの弟子たちの間で、洗礼者ヨハネを「言(ロゴス)」として、また「光」として讃える賛歌として歌われていたものを、そうではない、洗礼者ヨハネは光を証しする者だったのだ、と批判的に転用して書かれたのだとする説があります。

わたしたちが光で、他の人々が闇だ、というのではない。紅葉した葉がもう日の沈んだ後の闇の中で微かな光をあつめて輝くように、わたしたちは闇の中で光を目に見えるものにする器になれます。しかし、その光は、私たちが作り出す光ではなく、神からの光です。

ヨハネ福音書は、たしかに、言と肉というような二元論的な言葉遣いをするのですが、「言は肉となって、わたしたちの間に宿られた」(1章14節)というように、それをラディカルに霊的な一元論のもとに置きます。ふたつの相反する原理が同じ平面上にあって別々の領域を作っているのではなくて、この世というただひとつの平面があって、そのすべてが神の垂直な次元に支えられているのです。すべての人が外なる闇の中にあり、内なる闇を抱えています。そして、すべての人に神からの光が与えられています。

創世記が語るように、太陽の光のような被造物の光は、闇とは交わりません。太陽の光がさしているところには闇はなく、その影に闇があります。しかし、被造物にあらざる光、神なる光は、この世の光の中でも闇の中でも輝いているものです。むしろ、この世の闇の中にあってその輝きの照らしを自覚することができるものです。

降誕日の説教で、画家ルオーは、この神なる光を表現しようとしたとお話ししましたが、それは私が勝手にルオーの意図を解釈したというわけではなくて、沼津聖ヨハネ教会の信徒である菊田米子さんに教えられたルオー自身の言葉に基づいてお話ししたことです。ルオーは次のように書いています。

『天の下に生きる万物に敏感な芸術家は、このとげとげしい憎悪の時代の真っ暗な闇の中にあっても、安らぎを知らぬ数多くのやつれた顔や曲がった背に会いに行くのだ。目に見える悲惨、人知れぬ悲惨が多くても、彼は決して絶望してはならないのだ。明日もまた、英雄を、聖人を、信じなければならない。心を打つひそやかな人知れぬ犠牲を』(ルオー『裏さ晴らし』1943)

ルオーが言う殉教者や聖人とは、道化であったり、娼婦であったのでした。

今年のクリスマス、友人がFBに書いた日記に心を打たれました。彼は次のように書きました。

「深夜、マタイ福音書2章1節 – 12節を読み、黙想にふける。ふと、1945年8月に広島で被爆した詩人栗原貞子の詩が思い起こされ、私のなかで、イエスの誕生の光景とまさに二重写しになった。 『生ましめんかな』と題されたその一篇の詩。 今朝はこの作品を、あらためて心静かに噛みしめ直したいと思いたち、あまりにも有名な作品ではあるが、ここにいま一度紹介することにした。

『生ましめんかな』 栗原貞子

こわれたビルディングの地下室の夜だった。
原子爆弾の負傷者たちはローソク1本ない暗い地下室をうずめて、いっぱいだった。
生ぐさい血の匂い、死臭。汗くさい人いきれ、うめきごえ
その中から不思議な声が聞こえて来た。
「赤ん坊が生まれる」と言うのだ。
この地獄の底のような地下室で今、若い女が産気づいているのだ。

マッチ1本ないくらがりでどうしたらいいのだろう
人々は自分の痛みを忘れて気づかった。
と、「私が産婆です。私が生ませましょう」と言ったのはさっきまでうめいていた重傷者だ。
かくてくらがりの地獄の底で新しい生命は生まれた。
かくてあかつきを待たず産婆は血まみれのまま死んだ。
生ましめんかな
生ましめんかな
己が命捨つとも」

日記は、ここまでです。

この詩は原爆詩の代表作の1つだそうですね。恥ずかしながら、私は知りませんでした。この詩が伝える出来事は架空ではなくて、栗原貞子が広島市千田町(せんだまち)の郵便局地下壕で実際に起った出来事を聞いて、脚色を加えて作った詩だそうです。現実には、妊婦は出産直後に泡を吹いて亡くなり、生まれた赤ん坊も1月後に、はかなく命を終えたそうです。また、産婆は生き残って、80歳まで産婆の仕事を続けたそうです。栗原貞子自身はクリスチャンではなかったようですが、彼女は無教会派のクリスチャンで4歳年上の大原林子に大きな影響を受けて、彼女自身もYWCAの活動に関わることがあったようです。

どうでしょうか。私にも、この『生ましめんかな』という詩の描き出す情景が、イエスさまの誕生の光景と重なって見えました。

さて、ヨハネ福音書は、わたしたちに、この世の闇に現れる被造物にあらざる光、神からの光による照らしを受けて、使徒トマスのように「わたしの主、わたしの神よ」と告白しますか、その光が内から外に輝き出すのを妨げているものを取り除き、その光との全き一致に至る道を歩み出しますか、と問いかけてきます。

ギリシア正教会は、中世に、この被造物にあらざる光、神からの光の神学を深めました。1903年にロシアのペテルブルクに生まれて、二十歳のときにフランスに移住し、この光の神学を西欧に伝えたウラジミール・ロースキーは、次のように説明しました。

「神との一致は我々の人格(ペルソナ)一人ひとりにおいて実現する一つの神秘である。一致の途上にある人間は、たとえどんなに自分固有の意志や人間性が持つ傾向を放棄しようとも、その人格の資格が減るものではない。かえって人間人格は本性的に自分に固有なすべてを自由に放棄することによってこそ、恩恵を受けて開花する。自由でないもの、自覚的でないものはペルソナ的資格を持たない。完全なペルソナはそのあらゆる決断において見事に自覚的である。彼は全ての強制と自然的必然から自由である…精神的生活、人格が恩恵の中で成長する営みは、常に自覚的であり、無自覚は罪のしるし、“こころのねむり”なのである。それゆえ絶えず目覚めて光の子として歩むべきである。パウロは、“眠りについている者、起きよ。死者の中から立ち上がれ。そうすれば、キリストはあなたを照らされる”と語っている。」

これが、12~13節、「言は、自分を受け入れた人、その名を信じる人々には神の子となる資格を与えた。この人々は、血によってではなく、肉の欲によってではなく、人の欲によってでもなく、神によって生まれたのである。」という言葉の意味でしょう。

ただ、このロースキーの言葉に関しては注意したいことがあります。まずそもそも、すべての人に神からの光が与えられていると前提されている、ということです。また、実存主義が時代の思潮であった時に書かれたためではないかと思うのですが、しきりに強調されている「自覚」という言葉には何か自分の努力によって意識することであるかのような印象を受けるわけですが、東方正教会の元々の神学では、「光の体験によって、恩恵の現存が現れる」という言い方をするのであって、そのニュアンスで理解したいということです。光の体験とは、回心のことであり、回心とは本来の言葉通りの意味での「洗礼」のこと、すなわち水に沈められるような苦しみの経験、古い自分が死なざるをえないような経験のことです。

「光は闇の中に現れる。闇はそれを捉えなかった。」このみ言葉に励まされながら、「どうか、主が人性をとって、わたしたちの内に来られたように、わたしたちも主の神性にあずからせてください」という今週の特祷の祈りを共に生き抜いてまいりましょう。

※註: プロローグ(1-5節)の言(ロゴス)については、雨宮慧神父さんも10節からのロゴスはイエスのうちに肉となったロゴスであるが、1~5節のロゴスはそうではないと論じています:「プロローグがイエスの先在論や三位一体論など神学的思索へと人を誘う要素を含んでいるのは事実だが、それがプロローグ元来の意図であったかどうかは疑問である。神学的思索というよりは、詩編73のように救済の歴史を賛歌の形で歌ったと言うべきである。そうであるなら、プロローグの意図は形而上学を展開することにではなく、神と人間との関わりを書くことにある。だからロゴスを高邁な神学的概念と捉える必要はない。むしろ、人間に対する神の関心の深さを表すひとつの表現形式である。」

Leave a comment