デュナンのビジョン、YMCA-YWCA合同祈祷週のこと

11. November, 2013 • 0 Comments

昨日は山梨のYMCA-YWCA合同祈祷週の集いに招かれて、お話をしました。与えられたテーマについて話す前に、つい終わったばかりのWCC総会のことが頭に残っていたものですから、エキュメニカル運動のビジョンを与えたアンリ・デュナンのことと、祈祷週の歴史についてお話ししてしまいました。

YMCAの中でも忘れられているように感じていたことですが、デュナンのビジョンと働きがなかったら、キリスト教青年会の運動は各地域における超教派運動という以上のものにはならなかったでしょう。彼は自ら西欧諸国、北アフリカの各地をめぐって連絡網を築き、エキュメニカル通信(ecumenical correspondence)を発行し、また北米で同様な働きをしていたラングドンと密に連絡を取って、その基礎の上に1855年8月にパリでキリスト教青年会の第1回世界大会が開かれたのでした。そこから始まったキリスト教青年会の作り出した世界的な交わりで養われた信頼関係、祈りあう関係があったからこそ、20世紀に入って、いわゆるエキュメニカル運動が成立したのです。しかし、いつしかエキュメニカル運動といえば、教会の代表者たち、神学者たち、一部の活動家たちの会議のこと、あるいは専門化した援助団体の働きのことのようになってしまいました。通信、交通手段の発達とまるで反比例するかのように、次代を担う世代が実際に顔を合わせたり、祈りあったりする関係が希薄になり、基礎が空洞化してきたのではないでしょうか。

第1回世界大会の5か月前、デュナンが出した最後の通信の最終段落を今回のお話のために訳したので、ご紹介します。

「最後に申し上げたいのですが、次のようであるのが望ましくはないでしょうか。ひとつに結ばれた青年会、センター、あるいはグループが、その運営、働きにおいてそれぞれ完全に自由であり、その活動範囲に留まり、常に主に従いながら、自らの定めた約束事、規約、形、アイディアで、自分たちのことは自分たちがよいと思うように管理するのです。神殿の建設のため、どんなに小さいものであろうと、それぞれ自らの石を持ち寄ろうではありませんか。それは神の住まいを建てるために運ばれなければなりません。先ず先に自分の地域、言葉、党派、教派のことを考えるような、偏狭な見方は捨てましょう。全世界に及ぶ神の働き、そして天上の光輝に包まれた全ての神の子たちの未来における一致を視野に保ちましょう。平和の結びつきにおいて霊の一致を保ち、何よりも主の栄光と、主の疾き再臨への喜ばしい希望を心に保ちましょう。」(Henri Dunant, Sixth Circular, March 10, 1855)

ちなみに、YMCAとYWCAが合同で祈祷週を守るようになったのは1904年のことですが、祈祷週自体の歴史はもっと古く、始まったのは1875年のことでした。さらにそのルーツは、ほとんど世界YMCA同盟の発足にまで遡るもので、1855年の第1回世界会議の参加者のひとりであるフィラデルフィアYMCAのスタールという人が1856年にロンドンYMCAに提案したことがきっかけです。1884年から祈祷週のための冊子が作られるようになって、1901年に世界YWCAから世界YMCA同盟にそれを利用したいという申し入れがあり、1904年に交互に祈祷週の冊子を作ることが合意されました。私がジュネーブにいたとき、1月に「キリスト教一致祈祷週間」があるのだから、もうこの合同祈祷週をやめたらどうかという話が世界YWCAからありました。「キリスト教一致祈祷週間」は、リヨンのカトリックの司祭が1935年に提唱したのがきっかけで始まり、1968年からは世界教会協議会(WCC)と教皇庁キリスト教一致推進評議会との共同でテーマとプログラムが編纂されていて、それはそれで意義が大きいものですけれど、YMCA・YWCAの合同祈祷週もエキュメニカル運動のルーツともいうべき取り組みなのですから、もっと大切にされるようになって欲しいと願わずにおられません。

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