礼拝拾遺(15) -洗礼のイメージ(1)

29. September, 2013 • 0 Comments

洗礼式の中に、水の聖別のために聖霊を求める祈りがあります(279頁)。これは、洗礼の場所が川や湖から室内の浴槽へと変化したことの一つの結果として生まれてきたものだろうと考えられています。自然に流れる川や湖の水は神の霊が吹き込まれた“生きた”ものと見られ、それに対して貯められた水には欠けがあると考えられたのでした。(※ ブラッドショー)

この起源とも関わりがあってのことでしょう。この祈りでは水との関わりにおける<洗礼>のイメージが言い表されます。先々週書きましたように、前世紀後半、<洗礼>の本来的な意味とそれを表すイメージの回復が行われるようになって、日本聖公会でも<洗礼>を「罪を洗うしるし」(1938年祈祷書、1959年祈祷書)から、「万物を清めて新しい命を与えるしるし」(1990年祈祷書)へと表現が改められ、同時に、1959年祈祷書まで式の冒頭の特祷の中にあった、洗礼とは救いの箱船に入れられること、という表現が削除されました。それは、洗礼とは人生を通して信仰において歩むもの、弟子としての成長において召命を生きる中で私たちを形作り続けるもの、という理解にそぐわないのです。

英国教会の新しい祈祷書(コモン・ワーシップ, 2000年)の水の聖別の祈りには、さらに明確な言い方を見ることができます。私訳でご紹介します。

「全能なる神よ、すべての命を支え、回復させ、清める、水の贈り物を感謝します。創造のはじめ、水の面を、聖霊が動いていました。水を通って、あなたはイスラエルの子らをエジプトにおける奴隷の身分から約束の地における自由の身分へと導きました。水の中で、御子イエスはヨハネの洗礼を受け、わたしたちを罪の死から命の新しさへと導く救い主、キリストとして聖霊を注がれました。父よ、洗礼の水を感謝します。その中で、わたしたちはキリストと共にその死において葬られます。それによって、わたしたちはキリストの復活にあずかります。それを通して、わたしたちは聖霊から新たな生を受けます。それゆえ、御子への喜ばしい服従において、信仰をもって御子のもとに来る人々に洗礼を授け、その交わりに迎え入れます。今、この水を聖として、あなたの聖なる霊の力によって、この人々を罪から洗い清め、生まれ変わらせてください。どうかこの人々があなたの似姿へと新たにされ、信仰の光に導かれて歩み、永遠にわたしたちの主イエス・キリストの復活の命の内にあることができますように。すべての誉れと栄光は父と子と聖霊に、今も代々に限りなく。アーメン」

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