使徒聖バルナバ日

11. 6月, 2013 • 0 Comments

バルナバ(慰めの子)と呼ばれたヨセフは、キプロス島の生まれのレビ人で、異邦人伝道の拠点となったアンティオケア教会の基礎を固めた人です。パウロと共に働きましたが、後にパウロと仲違いします。使徒言行録には次のように書かれています。

「バルナバは、マルコと呼ばれるヨハネも連れて行きたいと思った。しかしパウロは、前にパンフィリア州で自分たちから離れ、宣教に一緒に行かなかったような者は、連れて行くべきでないと考えた。そこで、意見が激しく衝突し、彼らはついに別行動をとるようになって、バルナバはマルコを連れてキプロス島へ向かって船出したが、一方、パウロはシラスを選び、兄弟たちから主の恵みにゆだねられて、出発した。」(使15:37-40)

その後のことは聖書に記録はありませんが、ギリシアやローマ、ミラノで活躍して、最後はエーゲ海北部の島サラミスで石で打ち殺され、殉教の死を遂げたという伝承があります。485年には存在を確認できるお墓がキプロス島にあります。

本日の特祷で、「どうか使徒聖バルナバの模範に倣い、寛容の精神と私心のない奉仕によって常に主の栄光を現させてください」と祈りましたが、それは、異邦人伝道の基礎を作り、また、かつての教会の迫害者パウロをイエスさまの直弟子たちに結びつけ、あるいは弱さをもった仲間マルコと呼ばれるヨハネを受け容れて、彼らと共に働いた姿、そして最後には殉教の死を遂げた生き様を覚えようとするものです。

信仰の熱心さはしばしば排他的な態度を作り出します。バルナバの地味な働きにおいて顕された寛容の精神こそが、世界に広がる教会の基礎を築いたことを改めて思い起こしましょう。

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