「平和をつくる」(第二回世界聖公会平和協議会 基調講演から) :: 海辺のノート

「平和をつくる」(第二回世界聖公会平和協議会 基調講演から)

17. May, 2013 • 2 Comments

第二回世界聖公会平和協議会 基調講演「沖縄における米軍基地の課題と聖公会の役割」
2013年4月16日 米国聖公会 総裁主教キャサリン・ジェファーツ・ショーリ
三原聖ペテロ聖パウロ教会にて

IMGP0927s※ 私が翻訳した後半部だけ、紹介します。前半部では近代日本における軍事の展開と、沖縄における聖公会の歴史について、振り返られました。それを踏まえて以下が展開されています。

◆ 平和を作る

これは大変に複雑な歴史であるということを指摘しておく必要があります。人種主義、軍国主義、植民地主義、他者への恐れの問題が折り重なっているのです。沖縄は何世紀もの間、植民地として扱われてきました。そこに住む者は日本国民全体によって、また米軍によって、疎外され、モノ扱いされていると感じています。米国も第二次世界大戦の戦前・戦中に日系人に対して人種排斥を行った歴史を持っています。そのことについて、すっかり調査、和解が行われたわけではありません。米国と日本は、日本の防衛のため、また太平洋地域および東アジアにおける戦略的な抑止力のために、軍を駐留させ続けることを共通の関心事としています。軍の駐留は、まずもって沖縄の人々の犠牲によって為されています。駐留軍の一部を移動させるという提案は、日米両政府が代替“植民地”として使うことができると考える場所、沖縄の他の地域かグアムの住民へと負担を移すだけのことになるでしょう。普天間基地を北部のキャンプ・シュワブに移設する案も、環境破壊が起きやすい地域の植民地化を伴うのです。

この厄介なジレンマのただ中におけるより大きな神学的な問いは、以下のことと関わらせて考えなければなりません。被造物の正しい用い方、より大きな共同体のためにあるひとつの共同体や民族(殊に抑圧されたり、周縁化されている共同体や民族)に重荷を負わせることの可否、抑止のためのものであれ侵略のためのものであれ軍隊を置く場所、愛の共同体、平和の社会を築くという私たちが共に負う洗礼を受けた者としての責任。

沖縄における軍の駐留もしくは占領の根にある要因は、恐れです。東アジアのどの政府も、より力の強い近隣諸国の侵略的な領土拡張主義を恐れています。北朝鮮は、その明らかに抑圧的である社会政策と国民が経験している貧困を、裕福な近隣諸国に問題にされることを恐れています。沖縄の人々は、彼らのただ中に軍隊が置かれていることの結果として引き起こされる死と破壊を恐れています。米国は、その所有する領土(植民地)をアジアの国々に攻撃されること、アジアの国々が太平洋地域に軍隊を展開する力を付けていること、アジアから飛び火しての自国領の不安定化、武力衝突の発展の可能性、経済的権益への脅威、前哨基地を失うことを恐れています。

古代からの、そして最も中心的な、キリスト教の福音は、愛をもって恐れに応えるということです。私たちの課題は、恐れに対する軍事的な応答に対し、恐れに対する非暴力的で平和的な応答をもって、異議を申し立てることです。私たちは、敵を愛することが唯一の究極的な命を与える応答であると宣べます。それゆえにこそ、大韓聖公会の首座主教は第一回のTOPIKの会議のために集まったグループを北朝鮮に連れて行ったのです。それゆえにこそ、日本人、韓国人、米国人は、私たちの世界を蝕み続け、もっと豊かな命を生きる可能性を損なっている古い戦争の罪への赦しを求め、また与えるのです。

こうした様々な類の恐れを自分たち自身が抱いていることを吟味し始めるまで、和解への希望はほとんどありません。なぜ日本社会は、沖縄が自国防衛の不公平な重荷を負うことを容認しているのでしょうか。疑いもなくそれは、自分が住む近くに今以上に軍が駐留することを多くの人が望んでいないということと関係しているでしょう。英語圏の人が言うところの”NIMBY!”(私の家の裏庭には駄目よ!)というわけです。なぜ日本は、こんなにも米国に防衛を頼るのでしょうか。私にはその問いの複雑さを分かっているふりはできません。きっとここに住む人たちが考えを分かち合ってくれるでしょう。なぜ米国人は、他国の植民地主義的な占領を許し、助長するのでしょうか。それは、私たちの米国政府が企業の利益に囚われていることと関係があるでしょう。その中には軍産複合体の利益が絡むものもあるのです。

これらのすべての根には他者への、自分や同胞とは違うように思われる人々への、根源的な恐れがあります。自分が最も欲しいものや必要なものを彼らが奪うのではないかという恐れです。こうした恐れは不足の感覚から生じます。住む土地が十分にない、食べる食糧が十分にない、経済活動の可能性が十分にない、未来への希望が十分にないといった感覚です。教会の役割は、新しい可能性についての神の創造的な励ましである福音を宣べること、希望を生み出すこと、すべての神の被造物のための豊かな命という幻を宣べることです。

私たちの希望は、和解を得させる神の愛に基づいています。そして、和解は無防備さを必要とするものです。現在の固定化した現実とは異なる未来に対して開かれたところがなければ、持続する平和への本物の可能性はほとんどありません。生気ない行き詰まりの現実を表すために暴力的であったり戦争を想起させたりしない言葉や喩えを見付けることがどんなにか難しいかということは興味深いことです。この種の膠着状態はしばしば塹壕戦という言葉で描写されます。塹壕戦という言葉は、地に潜った兵士たちの痛々しい物語を想起させます。ライフルの射撃手を除いて、彼らは相手の顔を決して見ることなく、互いに向かって手榴弾を投げあうのです。沖縄戦は多くの場合、そのようにして戦われました。しかし、このイメージはまた、対立関係によって抑制されたままにならない可能性を示す物語をも想起させます。第一次世界大戦の時、ドイツ軍と英国軍は、互いに敵がクリスマス・キャロルを歌うのに耳を澄ませ、言葉は理解できなかったもののメロディーが分かって、クリスマスイブの停戦の数時間の間、泥のトンネルから外に這い出ました。彼らはタバコやシュナップス(強いお酒)などの手持ちの贅沢品を平和のしるしとして交換し合い、恋人の写真を見せ合いました。やがてその貴重な時間は終わりを告げ、将校たちが彼らを任務に、敵を殺す仕事に、呼び戻したのでした。

和解は、他の人間の歌に耳を傾けられるようになるほどに十分に長く塹壕の中に座っていることが必要なものなのかもしれません。失われたものを嘆きつつ、またやがて来るものに焦がれながら。和解は、絶望と堕落を知りつつ、異なる未来を敢えて夢見ながら、泥の中に座ることを必要とするのです。私たちが自らの救われ難さの深みを知る時、自らが泥で作られていて、自らを救い、空しさを解決することはできないのだと知る時、私たちは自らの救いに欠くことのできない一部として他者を迎え入れるようになるのかもしれません。その認識が相互的なものとなり始める時、和解は可能になるのです。

ここに掘り巡らされている塹壕とは、ほとんど文字通りの意味で、これら基地が置かれている土地のことです。創造のしるし、平和の可能性であるはずの町々の真中に設置された、滑走路、係留所、戦争の道具の格納庫のことです。常設軍に防衛力以上の力を持つことを許す日本の憲法改変をめぐる話し合いが、思いがけない国々から支持を集めていることを示す気配があります。以下に挙げるような、無視し得ず、もし無防備さと希望とを持って臨むならば創造的な応答を引き出すかもしれないような、厳しい現実があります。

・東シナ海、南シナ海の島々や国境線、朝鮮半島、日本近海をめぐる緊張の高まり
・北朝鮮の軍事力増強、レトリックと軍事活動の最近の過激化
・北朝鮮における貧困と、蔓延している恐れ
・北朝鮮の最近の情勢に応じて締結された大韓民国とアメリカ合衆国の間の新たな(2013年3月25日)軍事協定
・国家のために軍事的抑止力の過大な重荷を負うことを沖縄の人々がますます望まなくなっていること
・すべての国や地域の間で信頼関係が全く欠けていること。
・地域全体における石油や他の自然資源、海上輸送航路(及び戦略的交通経路)への関心の高まり

このリストは度外れて困難なものです。しかし、それはまた、人々を塹壕から引き出すのに必要な刺激であるかもしれないのです。今や塹壕を這い上がり、嘆きと希望の物語を語る時です。他者との関係を築く時、あなた自身が経験した真実を語る機会を探しに出る時です。創造的な結果を求め、人を驚かせるような、新奇な、ユーモアのある方法を用いて、古い習慣をぐらつかせるのです。そうやって、この徹底して無防備な和解という働きのために、活動を続けるのです。

そして、ここで生まれ、学ばれたことは、ルワンダ、コンゴ、スーダン、シリア、そして中東など、他の紛争にも創造的な可能性を与えるかもしれないということを期待しましょう。

和解という困難な仕事は、変えられることに対して開かれていること、無防備であることを必要とします。過越の(イースターの)神秘において私たちが宣べる宇宙的な変容は、神の無防備さの結果です。その無防備さなしに、現状を維持したままでは、異なる結果あるいは変化を経験できません。和解に向けた私たち自身の努力は、それと同じ、権力、特権、立場の固定性の放棄に倣ったもの、真似たものでなくてはなりません。

そこで、和解は、その立ち現れつつある未来を夢見ること、私たちが敵として見ている人々に向かって近づくことが必要になります。私たちを分かつ恐れは、その異なる未来を苛立ちながら切望していることの兆候です。互いの違いと向き合うことによって可能性が創り出されます。それには、何も変わらないという絶望の塹壕 -地獄のもう一つの定義!- から這い上がる力が必要です。私たちは分断と紛争の中に歩み入り、新しい可能性を見つけなければなりません。シナ海の島々の共同管理、植民地化された人々と土地を解放するような共同の安全保障などのような。和解の働きは、異なる未来を創り出します。恐れの境界を越える私たちの旅を引き起こした緊張関係がなければ、決して存在しなかった未来を。

問題は、どこで、いつ、誰と始めるか、ということだけです。ここで実践しましょう。平和への異なる道を提起している人と共に。違いから来る緊張関係が参加者の誰も予期していなかった異なる未来を創り出すことを発見しましょう。それが、私たちの只中で働いている天のみ国なのです!

手短な例を申し上げます。米国聖公会は2009年に諸聖人の新しい暦を採用しました。私たちは引き続き、各個教会、教区に、追加の提起を呼びかけていますが、ネブラスカ教区はハイラム・ヒサノリ・カノ師を加えることを提起しました。カノ師は農業経済学を学ぶため、1916年に米国に来ました。彼は1889年に東京で生まれ、日本を離れる前に十代で受洗しています。米国でカノ師は農業技術の向上のために働きました。特に甚大な差別を受けていた日本人社会で働きました。彼は人種差別的な土地所有法や移民政策などについて州議会に異議を申し立てました。ネブラスカの主教は議会で彼と共に立ちました。そして、カノ師を説得して、日本人社会のための牧師にならせたのでした。カノ師は1928年に執事に按手され、1936年に司祭に按手されました。太平洋で開戦が告げられたその日、彼は逮捕されました。カノ師はネブラスカで拘禁された唯一の日本人でした。牢に入れられている間、彼はドイツ人の捕虜や軍法会議での裁きを待つアメリカ人兵士のために聖職者として働きました。戦後もその牧会の働きを続け、100歳の誕生日を目前にして1988年に亡くなりました。カノ師の立てた証しは、アメリカ合衆国中西部と米国聖公会において人間社会のほころびを縫い合わせ続けています。

この会議を始めるにあたり、和解を求めて境界を越えること、塹壕を這い上ることを、私たちがどこで学んだかについて考えることが、助けになるかもしれません。あなたは、どのようにして無防備であることを選んだのか。誰があなたを赦し、あなたはそれをどのように受けたのか。あなたは、恐れ、報復、暴力の悪循環からどのように離れたのか。こうした選択は、深い希望の泉から流れ出るもの、時には言葉で言い表しうるよりも深いところからのものです。暗闇が最も深まった十字架の時、イエスが磔にされ、見捨てられたと感じていたその時にも、神は働いておられました。その特殊な塹壕への創造的で思いがけぬ応答こそ、私たちが復活と呼ぶものです。この解決困難に思われる紛争の中においてもなお、神からの創造的な可能性が立ち現れると夢見ることができるほどに、私たちは信仰を持っているでしょうか。

この互いを結び合わせる網に捕らえられた私たちは、私たちを結ぶ絆の内へと、より近く、より深く、たぐり寄せられることを夢見ることができるでしょうか。私たちは、隣りで磔にされている人のために、また十字架を地に立てた人々のために、イエスのように祈るでしょうか。世界のどこにおいても平和と調和の実現は、私たちが共通する人間性を持っていること、誰もが自らの存在を尊ばれたいと願っていること、子どもたちと私たちを取り巻く世界について様々な希望を持っていることへの気づきにかかっています。どんな人も、どんな他者も、神の愛の外にはいません。そうでなければ、私たちは皆、その希望の外にいるのです。私たちの課題は、脅かすものが生じた時に、恐れにも関わらず、希望を植え、育み続けることです。私たちは自らが持つ恐れに対峙しなければなりません。そして、後退したり、塹壕を掘ったりするのでなく、恐れの背後にいる他者の方へと近づかなければなりません。それこそが空の墓に向かって走ることの意味です。それこそが、もっと豊かな、復活の命が向かう先です。どうかこの場所で復活が再び始まりますように。ここに集まった祝福された人々の心の中で。私たちが恐れている人々、私たちを恐れている人々の心の中で。

2 Comments to “「平和をつくる」(第二回世界聖公会平和協議会 基調講演から)”

  1. Ozeki Toshiaki says:

    第1次世界大戦の時のドイツ軍と英国軍のクリスマスキャロルの話は、カンドウ選集の中で、フランス軍とドイツ軍の間で起こった出来事として、カンドウ神父自身の経験の中でも語られています。本当に敵対する者同士が塹壕を出て話し合えるのはキリストの執り成しなしにはありえなかったでしょう。それ故に、キリストの愛の業の奥深さや素晴らしさに頼ることの意義を感じます。

  2. どこかで聞いた話でしたが、誰が記したものか知りませんでした。ありがとうございました。

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