<シオニズム批判=反ユダヤ主義>という非難

4. August, 2006 • 0 Comments

シオニズムは、パレスチナ人には、軍事主義的な領土拡張主義であり、人種主義であって、イスラエルが国家理念としてのシオニズムを放棄しない限り、中東に平和は実現しないと認識されている。パレスチナの支持者は、そのようなシオニズムこそが批判の対象であって、世俗国家としてのイスラエル共和国の存在自体を否定しているわけではないと考えている。

シオニストは、「シオニズムは2000年来の帰郷への願いであり、イスラエル建国のビジョン」であって、「シオニズムの批判者は、反ユダヤ/反セム主義(*)であり、イスラエルの正当性を突き崩し、国際社会から締め出すことを目的としている」と主張し、「反シオニズムだが反ユダヤ主義ではないなどというのはまやかしである」と批判する。

(*) 「反ユダヤ主義(anti-Jewish)」は宗教的文化的集団としてのユダヤ人に対する差別的信条を指し、「反セム主義(anti-Semitism)」は「人種」的集団としてのユダヤ人に対する差別的信条を指すが、実際には同義に用いられていることが多い。

この<シオニズム批判=反ユダヤ主義>という論理は、イスラエル・パレスチナ紛争をめぐるイデオロギー闘争において、実に効果的な武器として使われている。そこでよく引用されるのがマーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師の「反シオニズム主義者の友人への手紙」(1967)である(※後述のWCARの時には、地元新聞に全面広告でこの手紙が掲載されていた)。

「あなたは、ユダヤ人を憎んでいないと言います。ただ、シオニズムに反対しているだけなのだ、と。真実よ、高い山の頂から神の緑の地球に響き渡れ!シオニズムを批判する者はユダヤ人を否定しているのです。それが神の真実です。(中略)反シオニズムとは何でしょう?それはユダヤ人の根本的な権利の否定です。私たちがアフリカの民のために主張し、世界の他の全ての国々が自由に享受している権利の否定なのです。友よ、それはユダヤ人に対する差別です。彼らがユダヤ人だからこそ受けている差別なのです。つまるところ、反シオニズムとは反セム主義なのです。」

シオニズムは確かにナショナリズムのひとつであるが、シオニズムとその他のナショナリズムには根本的な違いがある。ナショナリズムは<領土=国民(民族)=国家>という論理に立つものであるが、シオニズムは、その誕生時、領土として主張できる土地に立っていなかったことである。それはシオニストであろうと否定しえない事実である。植民地支配を受けていたアジア、アフリカ、ラテンアメリカの国々の民は、19世紀のユダヤ人もそうであったように民族意識は必ずしも持ってはいなかったとしても、自分たちが先祖代々住んできた土地に生きていた。その人々が、他の人々から支配され、搾取される状態からの解放を求めて、自らの国家を持つ権利を主張するナショナリズムと、他の人々が住んできた土地にその人々を追い出して国家を持つ権利を主張するナショナリズムは、全く異質なのであって、キング牧師の主張が成り立たないことは明白であろう。

近年では、シオニズムを批判するわけでもなく、ただイスラエルのある具体的な施策を批判しただけでも「反セム主義」だと非難される。

例えば、ウォールストリート・ジャーナルに投稿された次の論説は、サブラ、シャティーラのパレスチナ難民キャンプで起きた虐殺に対する責任を問題にして犠牲者の家族がベルギーで人道に対する罪でアリエル・シャロンを訴えたケースを取り上げ、ベルギーの法廷が反セム主義を犯していると非難するのである。

「これは反セム主義である。たとえ法廷の判事がそのように非難されてショックを受けるとしても。これは反セム主義である。何故なら、ノーマン・ポドレッツがかつて書いたように、“ダブルスタンダードに基づき、このように古くからの反セム主義のプロパガンダの伝統に根ざした、イスラエルの批判は全て、反セム主義と烙印を押されるのに価するのだ”。これは反セム主義である。たとえ、言葉を発した者が、これまでに、自覚的に反セム主義的な言動をとったことがなく、あるいは反セム主義的な考えを抱いたことがなかったとしても。…」
(”The Return of Anti-Semitism – To be against Israel is to be against the Jews”(HILLEL HALKIN, 2002/2/5))

ハルキンは「ダブルスタンダード」の論証としてボスニアやアフガニスタンで起きた虐殺を並べたてている。しかし、それらが同様な訴えがあったにもかかわらず却下されたという事実があって初めてダブルスタンダードとして批判できるのであって、論証になっていない。このような議論が堂々と流通してしまうのは一体どういうことなのだろうか。

世界YMCA 同盟は、第二次インティファーダが起こってすぐに派遣した国際調査団の報告書を「反ユダヤ主義のプロパガンダだ」とされて、サイモン・ヴィーゼンタル・センターなどが組織した国際キャンペーンに見舞われた。私は、その騒動が起こってすぐに着任して一部始終を体験して、「反ユダヤ主義」のレッテルを貼られることは、社会的な抹殺、財政的な圧迫、支援者・会員を失うことを意味すること、妥協することで免れようとする者と立場を堅持しようとする者の間の深刻な分断を意味することを学んだ。

欧米でパレスチナ問題に関わることは、他の様々な国際問題に関わるのと、意味が全く異なる。直接的にはナチズムが遺した傷痕のためだとしても、根底的には、中世・近代における経済・社会・国家の形成過程において作り出された、デリケートな未解決の差別問題、罪の意識と向き合わなければならないからであろう。

イスラエルの人権侵害を批判するときには必ず対のようにしてパレスチナの「自爆テロ」を非難するというような、「中立性」と「バランス」に配慮した政治的言辞に終始することになる。ドイツのヴァイツゼッカー元大統領の有名な演説「荒野の40 年」における中東への曖昧で無責任で小さな言及について何故批判が聞かれないのだろうか。(*)

(*) 「中東情勢についての判断を下す際には、ドイツ人がユダヤ人同胞にもたらした運命がイスラエルの建国の引き金になったこと、その際の諸条件が今日なおこの地域の人々の重荷となり、人々を危険に曝しているのだ、ということを考えて頂きたい。」(「荒野の40年」1985) …なお、ドイツは、1963 年にはイスラエルとの国交樹立のために秘密軍事援助を行い、湾岸戦争の時には英米の戦費を負担しただけでなく、紛争地帯への武器供給を禁止してきた国是を崩してイスラエルに大量の武器供与を行った。

対照的なのが植民地支配を経験した国々におけるパレスチナ問題の受け止め方である。私はそれを、2001 年に南アフリカ共和国ダーバンで開かれた国連の第三回反人種差別国際会議(WCAR)で実感した。

「パレスチナに行ったことがあるが、我々が経験したアパルトヘイトよりも酷い」と、南アの人々が証言していた。国家レベルではパレスチナと第三世界の国々の連帯は著しく弱くなっているとしても、民衆レベルでの連帯はまだ失われていない。

会議が終わってジュネーブに帰ると待っていたのが、「WCARは反ユダヤ主義者にハイジャックされた」とするキャンペーンであった。WCARでは移住労働者差別や日本の部落差別など広範に渡る諸問題が議論されたにも関わらず、そのキャンペーンによってNGO 会議の成果が記された文書は丸ごと葬りさられたような形になってしまった。WCAR が反ユダヤ主義の声であふれかえっていたというが、その声とはNGO 会議に参加したアジア、アフリカの人々のシオニズム批判のことであり、国家間会議では前二回の反人種差別国際会議から大きく後退してイスラエルの人権侵害について取り上げない結果だったのである(*)。

(*) 武者小路公秀さんもWCARについて以下のように報告されている:

「私の感じでは、ダーバンの会議でイスラエルのパレスチナに対する人種主義的な弾圧が全く取り上げてもらえなかったことが、イスラム社会、アラブ社会にかなり広がったのではないか、という気がしています。(中略)植民地支配と奴隷制の被害者に対し会議で謝罪が行われたということは、私はかなり重要なことだったと思います。しかし、それだけにイスラエルがパレスチナ民族に対して人種主義的な殺戮を含む弾圧をしていることは客観的に見て明らかなのに、EU がイスラエルに批判がましいことが言えないという悲しい制限の問題がありました。いわんや、米国に至っては話し合いさえも途中で辞めてしまう。ダーバンの会議が“パレスチナ人にハイジャックされた”と言って撤退した。これは最も乱暴な、ダーバンに対する責任回避の行動だったと思います。」

このシオニズム批判=反ユダヤ/反セム主義だという強弁と、それによるイスラエル批判封じは、その主張の明らかな破綻にも関わらず、ほとんどが欧米人によって構成されている国際の場では通ってしまうのである。その後も、「反ユダヤ主義者によってハイジャックされた」というシオニストのキャンペーンは、世界社会フォーラムなど、様々な国際会議や国際機関をめぐってエスカレートし続けている(*)。

(*) 様々な証言

◇「世界社会フォーラムにおける反ユダヤ主義って?」(セシリー・スラスキー、2004 年2 月19 日、ナブルス通信2005.2.1号):

「イスラエルのパレスチナ占領が生み出す胸の張り裂けるような現実を言及するだけで、イスラエルを地球上から抹殺するための陰険な計画があり、ユダヤ人の中にはそれに加担するものもいる、その証拠だということになってしまいます。さらに、ただ原因を示すことも偏向を証明することになっています。」(セシリー・スラスキーは「平和を目指すユダヤ人の声」スタッフ)

◇「反ユダヤ主義ついての決議採択を国連に迫る世界ユダヤ人会議のキャンペーンを分析する」(ローラ・リアンダ 2005年1月25日、ナブルス通信2005.3.6号):

「目新しいのはキャンペーンの熾烈さとそれが広範囲にわたっていることで、中傷の対象は政治問題を取り扱う機関にとどまらず、経済や社会、人道主義や法律を扱う機関まで広がっている。偏向の罵倒は国連開発計画や人道活動部にも向けられている。(…)もうひとつ目新しいのは、国連の原則をあえて堅持する国連の職員に対する個人攻撃が激しくなっていることだ。(…)これらの例が示すように反ユダヤ主義に関する心配は宗教や民族的な不寛容の問題から、イスラエル政府に対するどんな批評も許さない、そして最終的には、イスラエル対パレスチナの紛争への国際的なアプローチを治める基本原理をすら変えることを目論む全面的なキャンペーンに姿を変えてしまった。」(ローラ・リアンダは元国連職員。反アパルトヘイト・センター、国連人権センター、パレスチナ権利局で勤務。)

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