起点の問題

2. 5月, 2009 • 0 Comments

市民集会「切り刻まれるパレスチナ~続く入植地の拡大と非暴力抵抗運動」(2009/4/25)で新たに理解したことのひとつは、質疑の際の、パレスチナ人建築家の女性とハーパー氏とのやりとりで出てきた「1948年を起点として考えるのか、1967年を起点として考えるのか」という問題についてでした。

2007年にイスラエル・パレスチナに行った際、聖ジョージ大学にレクチャーに来たイスラエルの人権活動家のラビが、「なぜ、1948年を問題にし続けるのか分からない。自分は、二千年前にローマ帝国がユダヤ人を追放したからといって、イタリア人を憎んだりはしない」ということを言われて、びっくりさせられたことがありました。このラビは、パレスチナの占領に反対して、街頭デモを熱心にやっているような人です。そのような人から、こんな発言が出てくるというのはどういうことなのかと、理解しがたく思っていました。

今回分かったのは、これは特殊ケースではなく、平和運動をやっているユダヤ・イスラエル人でかなり広く見られる考え方である、ということでした。彼らからすれば、1948年を問題の起点とするならば、それ以前には住む土地を持っていなかった現在のユダヤ・イスラエル人の多くは、世界の何処にも住む権利を持たないことになってしまうのだから、そのような議論は受け入れられない、というわけです。それに加えて、これはハーパー氏は触れませんでしたが、パレスチナ難民の帰還の問題もセットで、拒否する人たちもいるのでしょう。

ハーパー氏も市民集会では1967年を起点に話をされたのですが、質問に応えて、自分はイスラエル・パレスチナ紛争を1948年あるいはそれ以前からの問題として捉えている、ただし、現実的に考えて運動の目標を二国家構想(イスラエルとパレスチナの二つの国家をつくる)に置いて論ずる場合、話の起点は1967年になる、1948年を起点にするならば、一国家構想(一つの国家に両民族が共存する)を目標として論ずることになるだろう、と話されました。

個人的には、今回は触れられることがなかった、Cameron Huntなどが論ずる”No state solution”についての意見も聞いてみたかったところでした。現状を考えると、これは現実的で、創造的な案であるように思われるのですが、当事者にとってどうなのか、という疑問があるからです。

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