アパルトヘイトとパレスチナ占領

8. November, 2011 • 0 Comments

2011年11月5-6日、南アフリカのケープタウンで、イスラエルのパレスチナ占領政策がアパルトヘイトであるかどうかを問う国際民衆法廷(ラッセル法廷)が開かれました。以下に掲載する文章は、その直前にアルジャジーラに掲載された記事の翻訳です。

筆者ジョン・ドゥガールは、アパルトヘイト条約に関する包括的な研究を著した国際法の教授であり(”Human Rights and the South African Legal Order”, 1978)、2001年から2008年まで国連人権理事会のパレスチナに関する特別報告官を務めた人です。

これまでも分離壁が”Apartheid Wall”と呼ばれるなど、イスラエルの占領政策はアパルトヘイトだという言い方はされてきたわけですが、それが決して誹謗のレトリックなどではなく、国際法に照らして正当な認識であるということが、広く認められている国際法の専門家たちによって論証された点に、今回の国際民衆法廷の意義があると思います。

元記事
報告

◆「アパルトヘイトとパレスチナ占領」(ジョン・ドゥガール, 2011/11/4)

今週、パレスチナに関するラッセル法廷(国際民衆法廷)が開かれ、パレスチナ占領地でイスラエルが行っていることが、「アパルトヘイト罪の禁止処罰に関する国際条約」(1973年調印、1976年発効 ※日本未批准)の意味におけるアパルトヘイトの罪を犯しているものであるかどうかが審査される。「国際刑事裁判所ローマ規程」にも盛り込まれているこの条約は、南アフリカにおけるアパルトヘイトのみを対象としたものではない。国際法のもと、アパルトヘイトに類似した政策・慣行を犯罪とするものである。

ラッセル法廷は1960年代にベトナム戦争中の戦争犯罪を調べるために哲学者バートランド・ラッセルによって始められた。イスラエルによる国際法の違反について考えるため、今再び開かれるのである。それは法的な裁判所ではないが、様々な国々からの高名な陪審員によって構成される裁判所であって、イスラエルが国際犯罪を犯し、その責任を問われるべきかどうかを調べることを目的とするものである。

ラッセル法廷とは要するに国際世論の法廷である。法廷は、ケープタウンで、1973年アパルトヘイト条約の射程に関して、南アフリカで行われていたアパルトヘイトに関して、パレスチナ占領地、ことに西岸地区におけるイスラエルの慣行に関して、そして、これらの慣行がアパルトヘイトのそれによく似たものであるかどうかという問いについて、証言を聞くことになる。イスラエル政府は法廷で証言するよう招かれているが、現在のところは招待に対して返事をしていない。それゆえ、証言のほとんどは、イスラエルに批判的なものとなるだろう。

どの国際法廷もイスラエルにその行動について責任を問うことはできない。イスラエルは国際司法裁判所と国際刑事裁判所のいずれの裁判権も受け入れることを拒絶しているからである。ラッセル法廷は、国際世論の法廷で責任を問うことによって国際司法のこの弱点を是正しようとする。平和交渉を妨害しようとするものではない。反対に、進めようするものである。しかし、正義なくして平和はありえないのである。これは、このラッセル法廷に対する批判記事(『イスラエルと、アパルトヘイトという誹謗』, ニューヨークタイムズ, 2011/10/31)を書いたリチャード・ゴールドストーンが旧ユーゴスラヴィア国際戦犯法廷の訴追者として人生の多くを献げた基本原則である。

リチャード・ゴールドストーンが論じるように、イスラエルのパレスチナ占領がアパルトヘイトに類似しているとする根拠はないと言うことは正しいだろうか。そのように問題提起することは、彼が論じるように、「悪質」で「不正確」である、と言うことは正しいだろうか。それとも、これらの提起には根拠があるのだろうか。

勿論、アパルトヘイト体制と占領とは異なる。アパルトヘイト体制の南アフリカは、自らの民に対する差別を行う国家であった。国を白い南アフリカと黒いバンツースタンに断片化することが追求され、治安法がアパルトヘイトへの反対を抑えつけるために残忍な仕方で使われた。それに対して、イスラエルは、交戦中の占領という国際法で規定される体制において、他国の領土と民を支配している占領国である。

しかしながら、実際には、ほとんど違いはないのである。いずれの体制も差別と抑圧と領地の断片化(すなわち、土地の没収)によって特徴付けられるものである。

イスラエルは、50万人のイスラエル人入植者を有利に計らい、パレスチナ人を西岸地区と東エルサレムで差別している。無数の屈辱的な検問所が明白に示している移動の自由の制限は、アパルトヘイトの「通行証法」に似ている。パレスチナ人の家の破壊は、アパルトヘイトの居住区法の下での黒人の家の破壊に似ている。安全を保障する壁の建設を口実としパレスチナ人の畑の没収も似た記憶を呼び起こす。等々。パレスチナ人用と入植者用に別々の(不平等な)道路を建設したことにおいて、イスラエルはアパルトヘイト体制の南アフリカの上を行った。

アパルトヘイトの治安警察は大規模に拷問を行った。イスラエルの治安軍も同様に行っている。ロベン島には多くの政治的囚人がいたが、イスラエルの牢獄にはもっと多くのパレスチナ人の政治的囚人がいる。

アパルトヘイト体制の南アフリカは白人のために黒人の土地を押収した。イスラエルは50万人の入植者のため、またパレスチナ領内での保安壁建設のため、パレスチナ人の土地を押収してきた。どちらも国際法に反することである。

西岸地区を訪ねる南アフリカ人の多くはアパルトヘイトとイスラエルの行っていることの類似に衝撃を受ける。イスラエルが1973年アパルトヘイト条約と国際刑事裁判所ローマ規程におけるアパルトヘイトの禁止を犯しているかどうか、ラッセル法廷が正当なる審理を執り行うのに十分な証拠はあるのだ。

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