ガザのクリスマス

26. January, 2007 • 0 Comments

(カリタス・エルサレム 2007/1/19)

治安が乱れ、争い、殺人、強盗事件が頻発し、仕事をしている者たちは給与をもらえず、学校を卒業した若者たちは希望を失い、子どもたちは勉強に背を向け、状況はますます深く混沌の中に陥っています。それがガザの状況です。

がっくりくるそのような状況で、ガザの人々はどのようにクリスマスを祝ったのでしょうか。クリスマスを迎えるにあたって、どんなを期待をもったのでしょうか。クリスマスは、全ての人々が新しい生活を始め、神の御許に近づく機会です。進行中のひどい事態にも関わらず、ガザのクリスマスは、殺害が止み、状況がよくなることへの期待をもって迎えられました。

ガザの72歳のキリスト教徒、ポール・スウェイレムさんは言いました。「このクリスマスは、いつもと違っていました。私がしたことは、教会の礼拝に出席したことだけです。ガザの住人で、例年のようにクリスマスを祝った人は1人もいないと思います。」

町に出ることは危険に満ちていますが、それでもスウェイレムさんは教会に行きました。クリスマスの時期には互いに知人の家を訪問しあいますが、家に来た訪問客はこれまでになくわずかでした。クリスマスツリーも飾らず、食事も特別なものを用意しませんでした。

「妻と教会に行くため町に出ると、通りには銃を持った人がたくさんいました。問題なのは、その彼らが何者であるか分からないことです。たくさんのグループに分かれていて、それぞれ異なる軍服を身につけています。」

「毎年、私たちは、“次のクリスマスには、よくなっているだろう”と言い合います。でも、今は、本当にそうだろうかと思ってしまいます。気が挫けるような雰囲気です。息子はパレスチナ自治政府で働く技術者ですが、給与が支払われません。家の外に出ても、軍事行動や銃の撃ち合いのために、家の中に戻らなければならないことがしばしばです。ベツレヘムでクリスマスを祝うためにガザを出る許可証を取ることも困難です。我々の社会は、希望のない絶望の地獄の中に深く落ち込んでいっているように感じます。」

それでも、スウェイレムさんは、事態が改善する希望をまだ持っています。「この破壊の後で、ガザは多くのものを必要とするでしょう。たくさんの人々がガザを去っています。でも、私は、みんなにガザに留まり、建て直してもらいたいのです。破壊するのでなく、棄てるのでなく。来年は、今よりもずっとよくなっているでしょう。どうなるにしても、今のこの最悪の状況よりはよくなっているはずです。」

ガザで、キリスト教徒のコミュニティは、紛争解決のために大きな役割を担っています。キリスト教徒のコミュニティは、パレスチナ社会で不可欠の部分となっています。キリスト教徒、イスラム教徒の区別なく支援を提供する学校や組織を運営しているからです。

ガザのローマ・カトリックの神父、マニュエル・ムサラムは、パレスチナの内部闘争を終わらせるために働くよう呼びかけました。「ガザでは仕事がなく、生計が立てられず、未来がないことは、誰もが知っています。しかし、人々が直面している問題は、安全がないことです。安全の欠如は大きな問題です。私たちは、陳情書をパレスチナ自治政府の大統領、首相、そしてガザの市長に送って、悪化し続ける状況の解決策を見いだし、このひどい境遇に囚われた罪のない人々を救い出すよう求めました。」

「このクリスマスは私が覚えているこれまでのどのクリスマスとも違います。サンタクロースは、この状況を恐れて、学校の子どもたちを訪ねませんでした。木々には飾りやイルミネーションが付けられませんでした。喜びの代わりに、正体不明の者たちに銃で撃ち殺された3人の子どもたちを悼んで、一日を過ごしました。私たちは殺された子どもたちの家を訪ねてまわりました。全ての喜びの祝いの行事は取りやめになりました。」

カリタス・エルサレムは、マニュエル・ムサラム神父と共に、神に、ガザの人々が長く拒まれてきた慈悲と正義と憐れみをこいます。恐怖と死の支配が止むよう助けを求めます。次のクリスマスがガザの人々にとってずっとよいものになりますように祈ります。

※ エルサレムの諸教会の指導者たちによる呼びかけ(2007/1/12)
http://www.oikoumene.org/index.php?id=2964

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