Archive for the ‘- 歴史’ Category

クリスマスの慣習

By Michinori ManoNo Comments 7 Apr

※ 長坂聖マリヤ教会 週報のコラムとして書いたもの(2014/11/30,12/7,12/14,12/21,12/28, 2015/1/4), 2015/12/8改訂

○ 飼い葉桶(クリッペ/クリブ)の展示

クリッペは、飼い葉桶とそこに眠るキリスト、マリアとヨセフ、天使、羊飼い、東方からの学者、家畜たちのセットです。

この慣習は古代教会にまで遡るようですが、現在のような形になったのは13世紀頃で、イエスの歴史的、人間的な詳細への関心が高まったことが背景にあったようです。 (more…)

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教会委員会の由来

By Michinori ManoNo Comments 10 Jan

長坂聖マリヤ教会の週報(1/11,18)のコラムとして書いたものです。

◆ 英語の「ベストリー」は、文字通りに「祭服室」を意味する他、そこで持たれる「教会委員会」を意味します。 (more…)

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ユダの福音書

By Michinori ManoNo Comments 26 Jun

先日、古本屋で安かったのでつい買ってしまった『原典 ユダの福音書』を読みました。グノーシス主義セツ派の文書のひとつで、キリスト教とは関わりない内容であるわけですが(人物名にイエスとユダと名前を使い、場面を最後の晩餐の場面に設定しているだけで、語られている内容はキリスト教とは別に成立していたセツ派の思想がそのまま語られている)、それはともかく、3点ほど、興味深く思いました。 (more…)

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パウロの律法批判の位相

By Michinori ManoNo Comments 1 Mar

【初代教会におけるユダヤ主義の分離 -7,8(2014/2/23, 3/2週報のコラム)】

◆ パウロと旧約との関係

前回、パウロが、初代教会のユダヤ主義者からも反ユダヤ主義者からも、旧約聖書を無用にした者として評価されたことについて書きました。

近代においても、パウロは、エムーナーの宗教(人間は既に信仰関係の中にいる)をピスティスの宗教(人間は信仰に回心する)へと変質させた者として(マルティン・ブーバー)、あるいは、「イエス・キリストの信仰」を「イエス・キリストへの信仰」へと変質させた者として論じられるなど、断絶をもたらした者としてしばしば否定的なニュアンスで評価されています。

確かに、パウロは、ユダヤ主義とのたたかいにおいて、イエス・キリストにおいて生じた新しいもの、普遍的なものを明らかにすることを課題としたわけですが、その神学の核で働いている論理が旧約聖書の宗教に通底するものであることが、しばしば軽視されてきました。このことを、ウィーンでラビの家系に生まれ、ラビとしての教育を受けた立場で指摘したのが、ヤーコプ・タウベス(1923-1987)です。彼は次のように論じました(『パウロの政治神学』, 高橋哲哉・清水一浩訳, 岩波書店, 2010)。 (more…)

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パウロの律法批判の「継承者」たち

By Michinori ManoNo Comments 9 Feb

【初代教会におけるユダヤ主義の分離 -6(2014/2/9週報のコラム)】

「もはや、わたしたちはこのような養育係(律法)の下にはいません」と言い放ったパウロを、ユダヤ主義者は「真の信仰からの離反者」として批判しました。彼らは後に律法遵守を強調してマタイ福音書を用いるエビオン派を形成して、主流教会から異端として批判され、ずっと後にはイスラム誕生のひとつの基礎になったことは既に書いたとおりです(1/1, 1/5のコラム)。

他方の極には、「パウロは律法=旧約聖書はもはや無用のものになったと考えたのだ」と理解し、そう理解されたパウロの神学だけに真理を見る者も現れました。マルキオン(1c末~2c半ば)です。彼は旧約からの引用を削った上でパウロ書簡とパウロの神学に親近性の高いルカ福音書だけを聖書としました。教会で正典と認められる文書の目録作りが始まったのは、マルキオンの脅威を受けてのことです。自分たちこそがイエスの真の教えを伝えている特定の使徒からの文書を保持していると主張したグノーシス主義者やマルキオンに対して、正統教会は神学的に幅のある諸文書を正典に含め、特定の使徒の権威によるのでなく使徒的伝承の全体に立っているのだということを示しました。私たちが唱えている使徒信経もグノーシス主義やマルキオンの異端への対応から生まれたものです。 (more…)

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パウロの律法批判の文脈

By Michinori ManoNo Comments 1 Feb

【初代教会におけるユダヤ主義の分離 -5(2014/2/2週報のコラム)】

初代教会に於けるユダヤ主義は、異邦人伝道との関係で、律法の遵守、殊に異教からキリスト教に改宗した信徒が割礼を受けるべきかどうかをめぐって問題になりました。このことについて、後にマタイ福音書を生み出したアンティオケア教会よりも徹底した立場を取ったのがパウロでした。 (more…)

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ネストリオス派の流れ

By Michinori ManoNo Comments 8 Jan

【初代教会におけるユダヤ主義の分離 -4(2014/1/12,19,26 週報のコラム)】

初代教会には、イエスの道に従う者となりながら、割礼を受けなければ無意味だ、割礼を受けない者とは食卓を共にできないと主張する、ファリサイ派出身の人々がいました。いわゆるユダヤ主義者です。使徒言行録には、彼らがエルサレム教会を拠点にして各地の教会を廻って自分たちの主義を広めていたこと、パウロが彼らと闘ったこと、両者及びエルサレム教会の指導者たちの間で話し合いが持たれ、神に立ち帰る異邦人については「偶像に供えて汚れた肉と、みだらな行いと、絞め殺した動物の肉と、血とを避けること」を守ればよい、と合意されたことが記されています(15:1-33)。この合意は双方が自分に都合よく解釈できるものであったため、ユダヤ人クリスチャンが律法について取りうる考え方には広い幅が残されました。パウロ書簡が書かれたのは、この文脈においてのことでした。 (more…)

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エビオン派の流れ

By Michinori ManoNo Comments 27 Dec

【初代教会におけるユダヤ主義の分離 -3(2014/1/5週報のコラム)】

ユダヤ人クリスチャンの群れ、エビオン派は、グノーシス主義(*後述)と結びつきながら、幾つもの宗教を誕生させました。古代教会は、これらを異端として反駁しながら、自らの教理を形成していきました。 (more…)

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洗礼者ヨハネをめぐって

By Michinori ManoNo Comments 27 Dec

【初代教会におけるユダヤ主義の分離 -2(2014/1/1週報のコラム)】

洗礼者ヨハネの記事は四福音書全てにあって、イエスさまの公生涯の直前に記されています。しかし、各々で少しずつ違う捉え方になっています。 (more…)

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「ユダヤ人」という言葉

By Michinori ManoNo Comments 23 Dec

【初代教会におけるユダヤ主義の分離 -1(2013/12/29週報のコラム)】

四福音書全体で「ユダヤ人」という言葉は計91回使われていますが、内訳は、ヨハネ福音書が74回と断トツで、マタイでは5回、マルコで6回、ルカでは6回(※ 使徒言行録で86回)です。 (more…)

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ファリサイ派の「伝統主義」

By Michinori ManoNo Comments 17 Dec

【”ユダヤ教”とキリスト教 -4(2013/12/25週報のコラム)】

ユダヤ教(ラビ・ユダヤ教)は、キリスト教よりも遅く、ユダヤ戦争の後に時間をかけて成立したものだ、ということを前回は書きました。

そのラビ・ユダヤ教を形作ったファリサイ派が閉鎖的な伝統主義であったと説明されることがありますが、それは誤解です。そう見られるのはおそらく、ファリサイ派の人々がイエスさまに向かって、なぜイエスの弟子たちは「昔の人の言い伝え」を守らないのか、と尋ねた箇所などが元になっているのでしょう(マタイ15:1-20)。しかし、そこで問題にされたのは、古代からの宗教伝統ではなく、口伝律法(ハラハー)だったのであって、口伝律法は前300年以後に都市のヘレニズム文化の中で生まれたものなのです。 (more…)

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ラビ・ユダヤ教とキリスト教の成立

By Michinori ManoNo Comments 15 Dec

【”ユダヤ教”とキリスト教 -3(2013/12/22 週報のコラム)】

ナザレ派や他のユダヤ教諸派を呪う言葉、ビルカト・ハ・ミニームが十八祈祷文に加えられ、シナゴーグから排除されるようになった状況が、マタイ福音書とヨハネ福音書の背景をなしています。その状況下、自分たちこそが父祖からの信仰を真に継承した群れであるという認識を改めて確認しながら、イエス・キリストによって示された道を伝える対象をユダヤ人から異邦人へと転換していった共同体が生み出した福音書が『マタイによる福音書』でした。 (more…)

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ナザレ派の排除

By Michinori ManoNo Comments 10 Dec

【”ユダヤ教”とキリスト教 -2(2013/12/15 週報のコラム)】

“ユダヤ教”とキリスト教の関係を決定的に新しい段階へと移行させたのがエルサレム神殿の破壊でした。 (more…)

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初代教会のアイデンティティ

By Michinori ManoNo Comments 10 Dec

【”ユダヤ教”とキリスト教 -1(2013/12/8 週報のコラム)】

四つの福音書のうち、マタイ福音書とヨハネ福音書はユダヤ人クリスチャンの教会において成立し、特にマタイ福音書はヘブライ的な文章作法、言葉遣いが特徴的です。両福音書を読む上で、その背景として重要なのが“ユダヤ教”とキリスト教との関係です。その理解抜きには、福音書に記されている“ユダヤ人”批判の意図を誤って読んでしまいかねず、容易に反ユダヤ主義に囚われてしまうからです。 (more…)

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