Archive for the ‘フィリピン’ Category

フィリピン聖公会の歴史、現況と印象

By Michinori Mano2 Comments 19 Sep

レポート「フィリピン聖公会の歴史、現況と印象」をまとめました。
http://michinori-mano.net/mary/ASP2014.pdf

※ 目次は以下の通り:

フィリピン聖公会の歴史
1.1898-1900年- 戦争の嵐と共に … 3
2.初期の宣教理念 … 4
3.宣教の始まり – コルディレラ・セントラルへ … 6
4.初期の展開1 – 最初の宣教拠点ボントック … 7
5.初期の展開2 – 第二の宣教拠点サガダ … 9
6.初期宣教の終わり – サガダでの破局 … 11
7.フィリピン人による宣教へ … 13

フィリピン聖公会の現況と印象
1.現況 … 15
2.宣教事業 … 16
3.青年活動 … 17
4.教会建設 … 18
5.有機循環農法 … 20
6.伝統宗教と福音伝道 … 21
7.抱える課題 … 23

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国際「テロリスト」の仲間入り!

By Michinori ManoNo Comments 1 Oct

私も名誉なことにフィリピン政府が作成した「アルカイダ/タリバンとの繋がりを持つ」504人のテロリストのリストに掲載されました! (more…)

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政治的殺害(6) 諸調査の結果と今後の課題

By Michinori ManoNo Comments 2 Apr

2007年1月30日、メロ委員会は大統領に報告を「正式に」提出した(実際にはもっと早く提出されていた)。

メロ委員会の報告は、政治的殺害を命ずるような国家政策は存在せず、アロヨ大統領の「全面戦争」宣言は政治的殺害の激増には無関係であると断定的に述べて反乱鎮圧政策や大統領の責任に言及をせず、また犠牲者の遺族やカラパタンなどの政治的殺害の問題を追及する諸団体の協力拒否が真相究明を妨げていると非難し、協力拒否はそれらが「共産党のフロント組織」だとする国軍の主張を証しているようなものだとまで言って批判している点では、従来の政府の主張と同一線上のものであった。 (more…)

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政治的殺害(5) 国際的な関心の高まりと比政府の対応

By Michinori ManoNo Comments 2 Apr

フィリピンで悪化する人権状況に国際的な関心が高まり始めたのは、ルイシータ大農園の虐殺事件の頃からではないだろうか。私の場合は、たまたまその約1週間後にミンダナオで開催された「いのちのための平和・民衆会議」で、アルベルト・ラメント師父から生々しい現場の証言と共に「マルコスの時代でも、現在ほど公然と国家が民衆を殺戮することはなかった」と聞いて、アロヨ政権下の人権状況に注目するようになった。 (more…)

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政治的殺害(4) 労働組合の弾圧と政治的殺害

By Michinori ManoNo Comments 2 Apr

在フィリピンの各国商工会議所が政治的殺害に歯止めをかけるようフィリピン政府に呼びかける異例の共同声明を出した(日本人商工会議所も名前を連ねたが、他の共同声明はそのホームページに掲載しているにも関わらず、この声明は掲載していない。)。それに続いてウォルマート、GAP、ポロ・ラルフローレンなどの米国系衣料品企業も同様な共同声明を出した。 (more…)

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政治的殺害(3) 先住民族、1995年鉱山法と政治的殺害

By Michinori ManoNo Comments 2 Apr

農地改革関連に次いで多くの政治的殺害の被害者を出しているのは先住民族で、カラパタンによると75人である(2001年1月~2006年12月)。フィリピン先住民族人権監視団(IPHRW-Philippines)は、同期間に先住民族で殺害が記録されたケースは97人であり(43人がミンダナオのLumad、14人が南タガログのDumagat/Remondado, Mangyan、34人がコルディリェラのIgorot、6人が中央ルソンのAeta)、少なくともこの中の17人は政治的動機による超法規的処刑の被害者であるとしている。 (more…)

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政治的殺害(2) 農地改革と政治的殺害

By Michinori ManoNo Comments 2 Apr

カラパタンによる分野別の被害者数を見ると、農地改革関係が突出して多く、408人が政治的殺害に遭っている(2001年1月~2006年12月)。 (more…)

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政治的殺害(1) 問題の概要

By Michinori ManoNo Comments 29 Mar

「災いだ、自分の家に災いを招くまで不当な利益をむさぼり、災いの手から逃れるために高い所に巣を構える者よ。お前は、自分の家に対して恥ずべきことを謀り、多くの民の滅びを招き、自分をも傷つけた。まことに石は石垣から叫び、梁は建物からそれに答えている。」(ハバクク書2章)

昨年度、イラクに次いで最も多くの報道関係者が殺害された国がどこだったかご存知だろうか。フィリピンであった。2001年に始まるアロヨ政権下で既に47人が殺害されている。 (more…)

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“貧しい農民と労働者の司教”ラメント師父の殉教

By Michinori Mano3 Comments 22 Dec

ヘロデ王はメシアが生まれると聞いて不安を抱き、ベツレヘムとその周辺にいた幼い子どもたちを皆殺しにしました。その子どもたちの姿にフィリピンで続く政治的殺害の犠牲者たちの姿が重なって見えてなりません。イエス様がお生まれになった頃に民衆が受けていた政治的抑圧と搾取による苦しみ、そして、ヘロデ王に子どもたちを殺された人々の悲しみに、フィリピンの民衆の姿、政治的殺害の犠牲者の遺族の姿が重なって見えてなりません。クリスマスを前にしたこの時にあって、フィリピン独立教会の元首座司教アルベルト・ラメント師父のことを振り返りたいと思います。 (more…)

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対テロ戦争の名の下にフィリピンで続く人権活動家殺害

By Michinori ManoNo Comments 10 Jan

※ 雑誌『軍縮問題資料』2006年3月号に寄せた記事に、情報ソースなどを加えた。

◆続く人権活動家の殺害

 2005年5月12日、夕方6時半、エンマ・ラプスが彼女の父の葬儀から戻ってきて、夕食を終え、親戚や友人13人でくつろいでいたときのこと。エンマは夫エジソン・ラプス牧師の向かいで目を瞑って休んでいた。銃声に目を覚ますと、2人の長袖の服を着た見知らぬ男が立っていた。一人はエジソンのこめかみと腹を撃ち、もう一人が一緒にいた小作農の組合リーダーのマリナオの胸を撃った。エジソンは即死、マリナオは息があったが助からなかった。2人の襲撃者は外に停めてあったエジソンの車の右後輪を撃ち抜き、約20メートル離れたところで待っていた2台のバイクに乗って逃走。4人の男はヘルメットで顔を隠していた。犯人はまだ捕まっていない。 (more…)

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