Archive for the ‘キリスト教’ Category

幸せなら手をたたこう

By Michinori Mano2 Comments 30 5月

2014/5/28,29 山梨英和中学・高校 朝の礼拝での説教

Giotto_-_Scrovegni_-_-38-_-_Ascension「幸せなら手をたたこう」という歌があります。皆さんの多くが「花の日」に歌ったとお聞きしました。この歌がどんな経緯で生まれたのか、お聞きになったことがあるでしょうか。 (さらに…)

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わたしの父は農夫である

By Michinori Mano2 Comments 25 5月

復活節第6主日(A年)ヨハネによる福音書15:1-8

taiyoujyu丹沢正作という人をご存知でしょうか。明治9年(1876年)に、山梨県西八代郡上野村、今の市川三郷町で生まれた人で、1926年に50歳で亡くなっています。 (さらに…)

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聖餐式聖書日課について

By Michinori ManoNo Comments 22 5月

※ 参考文献:『主日の御言葉 – 教会暦・聖餐式聖書日課・特祷』(森紀旦, 聖公会出版, 2000)

◆2014/5/25 週報のコラム

伝統的なキリスト教会では、各主日に朗読される聖書箇所を定めた日課表が用いられています。

歴に基づいて決められた箇所を礼拝で朗読する伝統は、初期ユダヤ教に遡ります。 (さらに…)

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教会の鐘について

By Michinori ManoNo Comments 15 5月

◆ 教会の鐘の歴史

教会といえば鐘がイメージされるほどに教会の鐘はポピュラーですが、その歴史は想像されるほど明らかではありません。桑山隆執事は『教会の鐘物語』(2010)で次のように書いています。 (さらに…)

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聖公会における葬送の式

By Michinori ManoNo Comments 12 4月

20世紀後半、ローマ・カトリックでは、葬送式は「キリスト信者の死の過越の性格をより明らかに表現」するように刷新され、古代教会の葬儀観が回復されました。

この典礼改革の影響が広まる中で、わたしたちがキリストの死と復活にあずかっていることを最もよく表明する典礼として、また死の現実の中にあっても神に結ばれた民が生者も死者もひとつであることを表明する典礼として、聖餐式が葬送式の基本要素として再認識されるようになりました。 (さらに…)

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古代の教会における葬儀

By Michinori ManoNo Comments 12 4月

※ 2014年度 長坂聖マリヤ教会 大斎節講話資料

初代教会は多くの殉教者を出しましたが、死は終わりではなく永遠の命への誕生であるという信仰から、殉教者の記念日には墓石を囲んでパンを割く式が行われ、主の内に兄弟姉妹として結ばれた絆は決して断ち切られないという信仰が宣言されました(※棺の形の聖卓はこの名残り)。この殉教者の遺体の埋葬と記念日の過ごし方が後の教会葬儀に影響を与えたと考えられます。 (さらに…)

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その石を取り除け

By Michinori ManoNo Comments 6 4月

大斎節第五主日(A年)説教(ヨハネ11:17-44)

Lazarus,_Russian_iconsこの大斎節、キリストによって開かれた永遠のいのちへと至る道をテーマとして、ヨハネ福音書の選ばれた箇所を読んでまいりました。

前半は、まずこの歩みの中で受ける試みの本質について、次にこの道を歩み出すこと、すなわち水による洗礼について、そして、この道を歩み続ける力の源を与えられること、すなわち霊による洗礼について、というように、死からの解放の業を神から<受けること>に重点が置かれていました。

後半に入った先週からは、死からの神の解放の業そのものに重点が移っています。先週は、生まれつきの盲人の癒しのお話でした。神の愛を受け、水と霊から生まれ直したものは、イエスさまをキリストとして見ることができるようになるのだ、聖書の言葉が自分の人生に意味を持つものとして響いてくるようになるのだ、ということが語られていました。

本日の福音書は、イエスさまが死んだラザロを蘇らせる話です。生まれつきの盲人の癒しの話と事柄としては同じことが、さらに覆いが取りはらわれて語られています。イエスさまをキリストとして見ることができるようになる、ということは、イエスさまにおいて私たちは神を見るのですから、神のご臨在のもとに生きるようになるということであって、それは永遠のいのちにあずかるようになることに他ならないからです。 (さらに…)

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葬送式とは

By Michinori Mano2 Comments 29 3月

※ 2014年度 長坂聖マリヤ教会 大斎節講話資料

◆ 葬送式は公祷です

米国の教会が最も異教的になるのは葬りにおいてであるという警告を発した米国の神学者がいたそうです。米国での話ですから、土着の宗教、習俗の影響を受けがちだ、ということではなくて、逝去者本人あるいは遺族の願いに応じようとして、葬送式がキリスト教の礼拝として逸脱しがちになっているという指摘だったのだろうと思います。

日本でも、米国と同様、結婚式であれ葬儀であれ、伝統に囚われずに自分の考えによって行いたいという要求が強くなっています。他方では、地域社会の伝統によって行うべきであるという要求も依然として強く、両者からの要求に妥協しがちな現状があるのではないかと思います。

このような状況下、葬送式を正しく執り行うことは、他の礼拝の場合よりも困難なことです。

そこで、まず押さえるべき要点は、葬送式は公祷である、ということです。公祷とは、キリストのみ名により、神の民として共同で捧げる礼拝で、定められた祈祷書によって行うものです。 (さらに…)

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大斎節中の礼拝

By Michinori ManoNo Comments 23 3月

※ 2014年度 長坂聖マリヤ教会 大斎節講話資料

◆ 改められた教会暦上の強調点

1990年祈祷書が作られる際、併せて「別冊諸式」として『大斎節中の礼拝』が作られました。そこには、大斎始日(灰の水曜日)、復活前主日、聖木曜日、聖金曜日(受苦日)、聖土曜日(復活徹夜祭)の礼拝式文が含まれています。(※ 末尾に各々のポイントを書いてあります)

これは、教会暦の頂点として、キリストの受難と復活を記念する「聖なる三日間」(木~土)の典礼を回復しようとする、典礼改革のひとつの要として整えられたものです。 (さらに…)

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霊の渇き

By Michinori ManoNo Comments 20 3月

大斎節第三主日(A年)説教
出17:1-7, ロマ5:1-11, ヨハ4:5-26,39-42

samaritanwsエジプトから導き出されたイスラエルの民は、その全員が行く手を阻む海を前にして信仰的決断をもって奮い立ち、海に足を踏み入れたわけではなかったでしょう。小太鼓を手にとって踊りながら先頭を行った女預言者ミリアムのような者は少数で、大多数は追ってくるエジプトの戦車隊への恐れに駆られて海に入ったのでしょうし、あるいは家族に従って入ったのでしょう。決断をもって海を渡った者たちでさえ、自由な人間として生きる望みを保ち、荒れ野の生活にくじけなかった者はほとんどいませんでした。まして、死への恐れに駆られて海を渡った者、家族に従って海を渡った者は、身に迫った危険が遠のくや否や、荒れ野を歩み続ける気力を容易に失ってしまったに違いありません。

荒れ野で<飲み水>を見つけられずにモーセに対して民が不満を言い募ったエピソードは、民が歩み続ける気力をなくしてしまったことを象徴しているように思います。人間は、食糧があって体を維持できても、それだけでは満たされません。人生が肯定されている、人生に意味がある、と感じられて初めて、生きる気力、瑞々しい生気を保てるのではないでしょうか。それがある人はそのことを意識しないかもしれません。しかし、それがない人は、なぜ生き続けなければならないのかも分からないと感じ、主は本当に我々の間におられるのかと、主を試す誘惑に直面します。<飲み水>は、生きる気力、生気を蘇らせるもの、人生を肯定的に見ることを可能にするもの、即ち神からの霊を象徴していると考えられます。 (さらに…)

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天国に入るには

By Michinori ManoNo Comments 16 3月

大斎節第二主日(A年)説教
ヨハネ3:1-17

_jesus-nicodemus先週は、旧約の民が荒野で受けた三つの試練を理解の助けとして、新約の民の頭としてイエスさまが荒野でお受けになった三つの試練とは何であったのかを考えました。

その三つの試練とは、神が霊肉を養ってくださることに信頼して生きることができるか、神が共にいてくださることに信頼して生きることができるか、ただ神のみを主として信頼して生きることができるか、ということでした。

人は、奴隷の身分から贖い出され、神が約束された新しい命に生きることを決断して葦の海を渡ってもなお、人とモノの奴隷として形作られた在り方から心も体も自由ではありません。エジプトから出ればすぐに約束の地で自由な身分の者として新しい生活に入ることできるわけではなく、荒野での40年を通して主の導きによって清められ、新たにされた者だけが約束の地に入ることができるのです。

限りない命への望みを与えられ、恐れと惑いをしずめて神さまに自らを委ね、水による洗礼を受けて古い在り方を捨て、さらにまた、古い在り方に戻らないための戒め、律法を与えられても、それで神の国にふさわしい者になれるわけではありません。 (さらに…)

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断食について

By Michinori ManoNo Comments 10 3月

※ 2014年度 長坂聖マリヤ教会 大斎節講話資料

◆ 聖公会の暦を見ると、「斎日」「断食日」と書かれている日があります。聖公会では、信者の「義務」とされているわけではありませんが、信仰生活に有益な伝統として、節制と断食が勧められています。その具体的な守り方については、カトリック教会に準じた内容で勧められていることが多いと思われます。

・「斎日」(節制する日)は、毎週金曜日、および紫の季節(大斎節、降臨節)の週日
・「断食日」は、大斎始日(灰の水曜日)、および受苦日(聖金曜日) (さらに…)

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パウロの律法批判の位相

By Michinori ManoNo Comments 1 3月

【初代教会におけるユダヤ主義の分離 -7,8(2014/2/23, 3/2週報のコラム)】

◆ パウロと旧約との関係

前回、パウロが、初代教会のユダヤ主義者からも反ユダヤ主義者からも、旧約聖書を無用にした者として評価されたことについて書きました。

近代においても、パウロは、エムーナーの宗教(人間は既に信仰関係の中にいる)をピスティスの宗教(人間は信仰に回心する)へと変質させた者として(マルティン・ブーバー)、あるいは、「イエス・キリストの信仰」を「イエス・キリストへの信仰」へと変質させた者として論じられるなど、断絶をもたらした者としてしばしば否定的なニュアンスで評価されています。

確かに、パウロは、ユダヤ主義とのたたかいにおいて、イエス・キリストにおいて生じた新しいもの、普遍的なものを明らかにすることを課題としたわけですが、その神学の核で働いている論理が旧約聖書の宗教に通底するものであることが、しばしば軽視されてきました。このことを、ウィーンでラビの家系に生まれ、ラビとしての教育を受けた立場で指摘したのが、ヤーコプ・タウベス(1923-1987)です。彼は次のように論じました(『パウロの政治神学』, 高橋哲哉・清水一浩訳, 岩波書店, 2010)。 (さらに…)

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パウロの律法批判の「継承者」たち

By Michinori ManoNo Comments 9 2月

【初代教会におけるユダヤ主義の分離 -6(2014/2/9週報のコラム)】

「もはや、わたしたちはこのような養育係(律法)の下にはいません」と言い放ったパウロを、ユダヤ主義者は「真の信仰からの離反者」として批判しました。彼らは後に律法遵守を強調してマタイ福音書を用いるエビオン派を形成して、主流教会から異端として批判され、ずっと後にはイスラム誕生のひとつの基礎になったことは既に書いたとおりです(1/1, 1/5のコラム)。

他方の極には、「パウロは律法=旧約聖書はもはや無用のものになったと考えたのだ」と理解し、そう理解されたパウロの神学だけに真理を見る者も現れました。マルキオン(1c末~2c半ば)です。彼は旧約からの引用を削った上でパウロ書簡とパウロの神学に親近性の高いルカ福音書だけを聖書としました。教会で正典と認められる文書の目録作りが始まったのは、マルキオンの脅威を受けてのことです。自分たちこそがイエスの真の教えを伝えている特定の使徒からの文書を保持していると主張したグノーシス主義者やマルキオンに対して、正統教会は神学的に幅のある諸文書を正典に含め、特定の使徒の権威によるのでなく使徒的伝承の全体に立っているのだということを示しました。私たちが唱えている使徒信経もグノーシス主義やマルキオンの異端への対応から生まれたものです。 (さらに…)

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パウロの律法批判の文脈

By Michinori ManoNo Comments 1 2月

【初代教会におけるユダヤ主義の分離 -5(2014/2/2週報のコラム)】

初代教会に於けるユダヤ主義は、異邦人伝道との関係で、律法の遵守、殊に異教からキリスト教に改宗した信徒が割礼を受けるべきかどうかをめぐって問題になりました。このことについて、後にマタイ福音書を生み出したアンティオケア教会よりも徹底した立場を取ったのがパウロでした。 (さらに…)

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ネストリオス派の流れ

By Michinori ManoNo Comments 8 1月

【初代教会におけるユダヤ主義の分離 -4(2014/1/12,19,26 週報のコラム)】

初代教会には、イエスの道に従う者となりながら、割礼を受けなければ無意味だ、割礼を受けない者とは食卓を共にできないと主張する、ファリサイ派出身の人々がいました。いわゆるユダヤ主義者です。使徒言行録には、彼らがエルサレム教会を拠点にして各地の教会を廻って自分たちの主義を広めていたこと、パウロが彼らと闘ったこと、両者及びエルサレム教会の指導者たちの間で話し合いが持たれ、神に立ち帰る異邦人については「偶像に供えて汚れた肉と、みだらな行いと、絞め殺した動物の肉と、血とを避けること」を守ればよい、と合意されたことが記されています(15:1-33)。この合意は双方が自分に都合よく解釈できるものであったため、ユダヤ人クリスチャンが律法について取りうる考え方には広い幅が残されました。パウロ書簡が書かれたのは、この文脈においてのことでした。 (さらに…)

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光は闇の中に現れる

By Michinori ManoNo Comments 30 12月

降誕後第一主日(A年)説教

今日は、ヨハネ福音書1章5節に注目したいと思います。5節は、新共同訳では、次のように訳されています。

「光は暗闇の中で輝いている。暗闇は光を理解しなかった。」

これはこれで暗い時代を生きるものにとって感動を与えられる言葉になっていますが、聖書学者の田川建三さんは、この5節を次のように訳しています。

「そして光は闇の中に現れる。そして闇はそれを捉えなかった。」

新共同訳とは違うかもしれないけれど、だから何だ?と思われるかもしれませんが、この訳の違いは、案外と大きな理解の違いに繋がりうると思います。 (さらに…)

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エビオン派の流れ

By Michinori ManoNo Comments 27 12月

【初代教会におけるユダヤ主義の分離 -3(2014/1/5週報のコラム)】

ユダヤ人クリスチャンの群れ、エビオン派は、グノーシス主義(*後述)と結びつきながら、幾つもの宗教を誕生させました。古代教会は、これらを異端として反駁しながら、自らの教理を形成していきました。 (さらに…)

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洗礼者ヨハネをめぐって

By Michinori ManoNo Comments 27 12月

【初代教会におけるユダヤ主義の分離 -2(2014/1/1週報のコラム)】

洗礼者ヨハネの記事は四福音書全てにあって、イエスさまの公生涯の直前に記されています。しかし、各々で少しずつ違う捉え方になっています。 (さらに…)

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「ユダヤ人」という言葉

By Michinori ManoNo Comments 23 12月

【初代教会におけるユダヤ主義の分離 -1(2013/12/29週報のコラム)】

四福音書全体で「ユダヤ人」という言葉は計91回使われていますが、内訳は、ヨハネ福音書が74回と断トツで、マタイでは5回、マルコで6回、ルカでは6回(※ 使徒言行録で86回)です。 (さらに…)

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