Archive for the ‘キリスト教’ Category

クリスマス・イブのお話

By Michinori ManoNo Comments 28 12月

とんとん。旅装束の若い夫婦が戸をたたきました。しかし、その家は飲めや歌えやの大騒ぎで、何度戸を叩かれても誰も気がつきませんでした。

どこの家も客を迎えて賑わっていました。ふたりはこの町の親戚とは縁遠くて、頼れる家がありませんでした。妻は身ごもっていて、野宿するわけにもいきませんでした。そこで町中の家々を宿を求めて訪ねまわっていたのでした。

この時代、お金を払って泊まるような宿は、数多くありませんでした。そのような宿があっても、しばしばいかがわしい商売の場所になっていたこともあって、旅人が見知らぬ人の家に宿を求めることは普通のことでした。それに、その昔、信仰の父アブラハムが見知らぬ旅人を迎え入れ、気づかずに天使をもてなしたことが、人々の生活の規範になっていました。見知らぬ旅人をよき知らせをもたらす天使を迎えるようにして歓待する慣習があったのです。

しかし、その日、若い夫婦を迎え入れる家は、なかなか見つかりませんでした。 (さらに…)

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パレスチナ・イスラエルのための世界平和週間(2015/9/20-26) 式文

By Michinori ManoNo Comments 12 9月

※ 印刷用PDF http://anglican.jp/nagasaka/programs/WWPPI2015_liturgy.pdf

◆招きの言葉

司式者:わたしたちはここに、神の民としていのちを祝うために集まっています。日々の生活において神が共にいてくださることを感謝するために集まっています。神の民のために祈りを献げるために集まっています。人々を引き離し、交わりを壊し、生活、共同体を引き裂くあらゆる壁に、心と思いを向けましょう。石でできている壁もあれば、反移民法、偏見、経済的不正義、恐れによってできている壁もあります。本日は、ことに、パレスチナの人々を家族、友人、耕地、同胞から引き離している恥ずべき壁について省みましょう。心と思いを開き、「平和をつくる者になりなさい」「和解を呼びかけ、助ける者となりなさい」という神の呼びかけを聞きましょう。すべての不公正、不正義の克服を約束しておられる正義の神への希望と信仰を表しましょう。不公正、不正義なるイスラエルの分離壁が壊されることへの希望を、そのための献身を、言い表しましょう。 (さらに…)

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クリスマスの慣習

By Michinori ManoNo Comments 7 4月

※ 長坂聖マリヤ教会 週報のコラムとして書いたもの(2014/11/30,12/7,12/14,12/21,12/28, 2015/1/4), 2015/12/8改訂

○ 飼い葉桶(クリッペ/クリブ)の展示

クリッペは、飼い葉桶とそこに眠るキリスト、マリアとヨセフ、天使、羊飼い、東方からの学者、家畜たちのセットです。

この慣習は古代教会にまで遡るようですが、現在のような形になったのは13世紀頃で、イエスの歴史的、人間的な詳細への関心が高まったことが背景にあったようです。 (さらに…)

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教会委員の心得

By Michinori ManoNo Comments 10 1月

長坂聖マリヤ教会の週報(1/25, 2/1)のコラムとして書いたものです。

1)神からの召しとして、受けとめること (さらに…)

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教会委員会の由来

By Michinori ManoNo Comments 10 1月

長坂聖マリヤ教会の週報(1/11,18)のコラムとして書いたものです。

◆ 英語の「ベストリー」は、文字通りに「祭服室」を意味する他、そこで持たれる「教会委員会」を意味します。 (さらに…)

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諸聖徒日と諸魂日

By Michinori ManoNo Comments 25 10月

※ 2014年10月19日の週報のコラム: 諸聖徒日と諸魂日(1)

教会暦の歩みは「終末」へと向かっています。この時に、私たち以前にキリストの道を歩んだ人々を記念する「諸聖徒日」を祝うことは意味深いことです。 (さらに…)

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フィリピン聖公会の歴史、現況と印象

By Michinori Mano2 Comments 19 9月

レポート「フィリピン聖公会の歴史、現況と印象」をまとめました。
http://michinori-mano.net/mary/ASP2014.pdf

※ 目次は以下の通り:

フィリピン聖公会の歴史
1.1898-1900年- 戦争の嵐と共に … 3
2.初期の宣教理念 … 4
3.宣教の始まり – コルディレラ・セントラルへ … 6
4.初期の展開1 – 最初の宣教拠点ボントック … 7
5.初期の展開2 – 第二の宣教拠点サガダ … 9
6.初期宣教の終わり – サガダでの破局 … 11
7.フィリピン人による宣教へ … 13

フィリピン聖公会の現況と印象
1.現況 … 15
2.宣教事業 … 16
3.青年活動 … 17
4.教会建設 … 18
5.有機循環農法 … 20
6.伝統宗教と福音伝道 … 21
7.抱える課題 … 23

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パレスチナ・イスラエルのための国際平和週間2014 礼拝式文

By Michinori ManoNo Comments 19 9月

「パレスチナ・イスラエルのための世界平和週間(WWPPI)」は、世界教会協議会の呼びかけで、9月21~27日に守られます。2014年度はパレスチナの政治的囚人に焦点を当てています。

– 礼拝式文(英語版): https://pief.oikoumene.org/・・・/invitation・・・/Liturgy2014.pdf
– 資料(英語版): https://pief.oikoumene.org/・・・/invitatio・・・/finalE_Book1.pdf

≪≪≪ パレスチナ・イスラエルのための国際平和週間2014 (9/21-27) 礼拝式文 ≫≫≫

◆ 前奏

◆ 祈りへの呼びかけ

司式者: 三大陸の交差点にして、次々に花開く文明、文化に養われた地、宗教、帝国、闘い、奇跡の揺籃である、中東のこの小さな地から、主イエス・キリストに従う私たちは、深く地に根を下ろした信仰から溢れ出す勇気によって力を与えられ、あなたたちの祈りを私たちの祈りと合わせるよう呼びかけます。憐れみ深い創造主に、そのすべての子らの苦しみを終わらせてくださるように祈りましょう。ことに、預言者たちと私たちの主、救い主によって約束され、普遍的な人権の法律と宣言によって保障されているはずの解放を求める、捕虜、囚人、受刑者、亡命者のために祈りましょう。彼らはあなたたちが声をあげ、叫ぶことを期待しています。「あなたは彼らを尊厳をもって生きるように創造されました。み民を自由にしてください」と。唯一なる永遠の神、三位一体なる私たちの神、父と子と聖霊の名によって礼拝を始めましょう。 (さらに…)

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基本的な所作

By Michinori Mano2 Comments 30 7月

◆ 2014/8/10 週報のコラム

同じ聖公会でも、以前は各々の歴史に関わった伝道協会や聖職によって、大切にされる伝統が異なっていました。典礼改革によって古代からの礼拝の在り方についての理解が深められたこと、また海外の伝道協会から自立したことで、各教会の伝統も相対化され、現在は違いが意識される機会はあまりなくなっています。伝統の違いによる対立的な意識が薄れたのはよいことですが、伝統の中で育てられることがなくなったという面もあるかもしれません。 (さらに…)

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礼拝中の姿勢・動作の歴史

By Michinori ManoNo Comments 29 7月

◆ 2014/8/3 週報のコラム

初代教会では、会衆は立ったままで主日礼拝を捧げました。神の民として天の父の前にいることを強く確信していることを象徴する姿勢が取られたのです。祈る時は、顔を上に向け、目は開けたまま、手のひらを上に向け、手を上に差し伸べる形、あるいは自分の体の前で手を開く形が取られました。 (さらに…)

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福音朗読について

By Michinori ManoNo Comments 19 7月

◆ 2014/7/20 週報のコラム

さあ、旧約聖書、詩編、使徒書によって<神のことばの食卓>が整えられました。いまや、ご自身のことばのうちに現存しておられる主イエス・キリストを迎える時です。わたしたちは主をどのように迎えるでしょうか。 (さらに…)

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聖餐式における詩編交唱

By Michinori ManoNo Comments 15 7月

◆ 2014/7/13 週報のコラム

旧約聖書の朗読と使徒書の朗読の間に詩編の交唱があります。皆さんは、詩編の交唱をどのように体験されているでしょうか。 (さらに…)

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礼拝における沈黙・黙想・黙祷

By Michinori ManoNo Comments 27 6月

◆ 2014/6/22 週報のコラム 礼拝中の沈黙について

† 聖餐式の式文中、3箇所で<沈黙>する間を持つことが勧められているのは、ご存知でしょうか。これは現行祈祷書から初めて明示されるようになった指示です。 (さらに…)

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聖書日課の朗読について

By Michinori ManoNo Comments 27 6月

◆ 2014/6/8 週報のコラム

典礼刷新の基本的な線のひとつは、共同体として捧げるものとしての礼拝の回復ということでした。そのために信徒の役割は大きく変わり、聖書日課朗読、代祷祈願、供え物の奉納を信徒が担う形が回復されました。しかし、信徒が担っても、経験豊かな特定の人ばかりで分担するならば、共同の奉仕になりません。すべてのキリスト者が祭司の民であり、預言者なのですから、みんなで聖なる務めを分かち合いたいのです。 (さらに…)

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ユダの福音書

By Michinori ManoNo Comments 26 6月

先日、古本屋で安かったのでつい買ってしまった『原典 ユダの福音書』を読みました。グノーシス主義セツ派の文書のひとつで、キリスト教とは関わりない内容であるわけですが(人物名にイエスとユダと名前を使い、場面を最後の晩餐の場面に設定しているだけで、語られている内容はキリスト教とは別に成立していたセツ派の思想がそのまま語られている)、それはともかく、3点ほど、興味深く思いました。 (さらに…)

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三位一体なる神

By Michinori ManoNo Comments 15 6月

三位一体主日(A年)説教
マタイによる福音書 28:16-20

holy-trinity-icon本日は、三位一体なる神を覚える祝日、「三位一体主日」です。祝日というと、クリスマス、イースターなど、神による救済の歴史的出来事を主題とした日、あるいは、使徒や福音書記者など、人物を記念する日がほとんどですが、今日は、神学的主題を覚える日ということで、少々特殊な祝日です。<教会の宣教の時>を黙想すべき時期である聖霊降臨後の節の始まりにあたって、この三つなる神についての理解を振り返りましょう。 (さらに…)

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民衆の復活事件としてのペンテコステ

By Michinori ManoNo Comments 9 6月

聖霊降臨日(A年)説教
ヨハネによる福音書14:8-17

holy-spirit◆ 梅雨に入りました。ここ数日、関東地方で降った雨は、6月としては記録的な雨量だったそうですね。スイカやえんどう豆など、畑のツタ植物が急に伸び始めました。

雨が注がれることと聖霊が注がれることはイメージが重なると思いつつ聖餐式聖書日課を確認していたら、聖霊降臨日のB年の旧約の日課はイザヤ書から選ばれていて、天から聖霊が注がれることが雨が降ることに喩えられていました。

「わたしは乾いている地に水を注ぎ、乾いた土地に流れを与える。あなたの子孫にわたしの霊を注ぎ、あなたの末にわたしの祝福を与える」

◆ さて、この聖霊降臨こそは、旧約の民が待ちこがれた<救いの日>の始まりを象徴的に示す出来事でした。

預言者エゼキエルは民に告げました。「『わたしは二度とわが顔を彼らに隠すことなく、わが霊をイスラエルの家に注ぐ』と主なる神は言われる」。

預言者ヨエルは民に告げました。「わたしはすべての人にわが霊を注ぐ。あなたたちの息子や娘は預言し、老人は夢を見、若者は幻を見る。その日、わたしは、奴隷となっている男女にもわが霊を注ぐ」。

預言者ゼカリヤは民に告げました。「わたしはダビデの家とエルサレムの住民に、憐れみと祈りの霊を注ぐ。彼らは、彼ら自らが刺し貫いた者であるわたしを見つめ、独り子を失ったように嘆き、初子の死を悲しむように悲しむ。その日、エルサレムにはメギド平野におけるハダド・リモンの嘆きのように大きな嘆きが起こる」。

数ある預言の中でも、ゼカリヤの預言で、<その日>=救いの日が、嘆きの日として語られていることに注意をひかれます。どういうことでしょうか。 (さらに…)

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幸せなら手をたたこう

By Michinori Mano2 Comments 30 5月

2014/5/28,29 山梨英和中学・高校 朝の礼拝での説教

Giotto_-_Scrovegni_-_-38-_-_Ascension「幸せなら手をたたこう」という歌があります。皆さんの多くが「花の日」に歌ったとお聞きしました。この歌がどんな経緯で生まれたのか、お聞きになったことがあるでしょうか。 (さらに…)

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わたしの父は農夫である

By Michinori Mano2 Comments 25 5月

復活節第6主日(A年)ヨハネによる福音書15:1-8

taiyoujyu丹沢正作という人をご存知でしょうか。明治9年(1876年)に、山梨県西八代郡上野村、今の市川三郷町で生まれた人で、1926年に50歳で亡くなっています。 (さらに…)

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聖餐式聖書日課について

By Michinori ManoNo Comments 22 5月

※ 参考文献:『主日の御言葉 – 教会暦・聖餐式聖書日課・特祷』(森紀旦, 聖公会出版, 2000)

◆2014/5/25 週報のコラム

伝統的なキリスト教会では、各主日に朗読される聖書箇所を定めた日課表が用いられています。

歴に基づいて決められた箇所を礼拝で朗読する伝統は、初期ユダヤ教に遡ります。 (さらに…)

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