Archive for the ‘パレスチナ’ Category

2011年 パレスチナ・イスラエルのための世界平和祈祷週間

By Michinori ManoNo Comments 26 May

† 正義に立つ平和がパレスチナ人とイスラエル人で分かちあわれるように。
† パレスチナが占領から解放されるように。
† 等しく権利が認められるように。
† 傷ついた魂が癒されるように。


◆ 今年の<パレスチナ・イスラエルのための世界平和週間>は、5月29日(日)~6月4日(土)です。

パレスチナ-イスラエルでは、西岸地区のいくつかの入植地(イスラエル人がパレスチナ人の土地を不法に占拠してつくった町)や分離壁の前で、またエルサレムやパレスチナ各地の礼拝所で、パレスチナ人とイスラエル人が共に祈祷をささげることになっています。これは、世界教会協議会(WCC)のパレスチナ-イスラエル・エキュメニカル・フォーラム(PIEF)の呼びかけで行われ、この週間を通して世界中で予定されている様々な活動のひとつです。

平和週間の世話人であるジョン・カルーン牧師は、「パレスチナ・イスラエルの平和交渉が滞り、パレスチナとイスラエルの全ての人のための正義に立つ持続する平和を訴える方法がますます探し求められている。世界の教会は、この1週間を利用して、礼拝、祈り、教育の機会を設け、国連諸決議に則ってパレスチナの占領を終わらせることを求める行動を起こしてほしい」と述べています。

今年の焦点は、≪エルサレム≫です。 (more…)

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2009年 パレスチナ・イスラエルのための世界平和祈祷週間

By Michinori ManoNo Comments 19 May

6月4日から10日までの1週間は、「パレスチナ・イスラエルのための世界平和祈祷週間」です。WCCが呼びかけて始まって、今年で4年目になります。6月7日には、東エルサレムで、合同礼拝が行われます。そのときに用いられる祈りの翻訳を以下に紹介します。祈りを共にしてほしいと呼びかけられています。 (more…)

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資料「イスラエルによる家屋破壊」

By Michinori ManoNo Comments 2 May

資料「イスラエルによる家屋破壊」

2009年4月25日に、ジェフ・ハーパー氏とナイム・アティーク司祭を迎えて開催した市民集会「切り刻まれるパレスチナ~続く入植地の拡大と非暴力抵抗運動」での配付資料用に作った、ハーパー氏のICAHDのFAQの抄訳です。 (more…)

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起点の問題

By Michinori ManoNo Comments 2 May

市民集会「切り刻まれるパレスチナ~続く入植地の拡大と非暴力抵抗運動」(2009/4/25)で新たに理解したことのひとつは、質疑の際の、パレスチナ人建築家の女性とハーパー氏とのやりとりで出てきた「1948年を起点として考えるのか、1967年を起点として考えるのか」という問題についてでした。 (more…)

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パレスチナの解放神学

By Michinori ManoNo Comments 11 Mar

2009年4月に、パレスチナで「サビール・エキュメニカル解放神学センター」を主宰するナイム・アティーク司祭が来日します。それに向けた勉強会用に、著書を部分的に翻訳したものをアップします。

『パレスチナ人クリスチャンの和解を求める叫び』(ナイム・アティーク, 2008)第9章「サムソン、最初の自爆攻撃者」

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英国教会のパレスチナ宣教と中東紛争の始まり

By Michinori ManoNo Comments 27 Jan

英国教会のパレスチナ宣教と中東紛争の始まり (PDFファイル 404KB)

◆目次

  • 1.伝道運動と植民地主義の関係に対する見方について
  • 2.パレスチナ宣教の展開の実際
  •  2.1 ビカステス師の説教における「伝道」理解
  •  2.2 プロイセン国王の動機
  •  2.3 「ユダヤ人改宗」と「イスラエル再建」という動機
  • メモ.パレスチナにおける聖公会の歴史の概観

◆ 履歴

  • 2008/12/30 初版
  • 2009/1/27 大幅に書き直したものをアップ
  • 2009/1/31 少し修正、加筆
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軍事占領下の子どもたち

By Michinori ManoNo Comments 9 Jun

世界教会協議会(WCC)は、「暴力を克服する10年(2001-2010)」の主要プログラムの一つとして、2002年から「パレスチナとイスラエルにおけるエキュメニカル同伴プログラム(EAPPI)」を行っています。学校や畑への行き帰りなどに同伴することでイスラエル人入植者や検問所の兵士などによる嫌がらせや暴力を抑止すること、また日々の現実を知ってそれを各々の教会に伝えることで平和のための取り組みを進めることを目的として、3ヶ月間毎に、世界の教会から参加者が派遣されています(日本からはまだ参加がありません)。ヘブロンで活動するEA(Ecumenical Accompanier)からの報告を紹介します。


◆「軍事占領下の子どもたち」
2008/4/21

シャルバチ家には6人の子どもがいます。その内の2人は男の子で、13歳と14歳です。住んでいるのはヘブロンのH2(エリアC)で、テル・ルメイダ入植地のすぐ下です。シャルバチ家は1階立ての家に住んでいますが、屋根の上には10年前からイスラエル軍の監視所があります。入植者からの嫌がらせが続いたため、家の裏側の窓は全て塞がれています。(※イスラエルは占領地をパレスチナ自治政府に管轄を許す程度によって3つに分けており、エリアCは行政権も警察権もイスラエルが握っている地域。)

2人の男の子、ハッセムとフッサムは、近所の家の庭でサッカーをしていました。そこに入植者の少女4人が襲撃しにきました。兄弟はハダッド家の門の中の庭に逃げ込んだのですが、少女たちは追いかけて入っていきました。しばらくして少女たちは立ち去ったのですが、イスラエルの兵士たちを連れて戻ってきて、兄弟が石を投げつけたと訴えました。兵士たちは二人の兄弟を逮捕しました。 (more…)

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「私が住んでいるところは、私たちの本当の村ではありません」

By Michinori ManoNo Comments 8 Jun

ベツレヘムのアラブ教育センター(AEI)の”Sumud Peace House Life Stories”からインタビューを紹介します。AEIは、Pax Christiの現地パートナーNGOです。


私の出身の村はアル・ワラジャ村といいます。村を去ったとき、私は1歳半、姉は6歳でした。夜、銃火の下で村を離れました。ナクバの時のことです。

イスラエルの兵士たちが私たちに向けて銃を撃っていました。母は私を腕に抱きかかえて走りました。イスラエルの兵士は私の母を撃ちました。弾は母の肩を前から貫通しました。母は病院に連れて行かれ、死にませんでした。 (more…)

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「アイーシャとの再会」

By Michinori ManoNo Comments 7 Jun

ガザにある難民キャンプを支援しているイスラエル人女性の話でちょっと心に残るものがあったのでご紹介します(元記事)。


ヤエル・カーンは、パレスチナ人に対するイスラエルの政策に同意できず、1991年にテルアビブからロンドンに移住したイスラエル人です。

ヤエルは「イビナの友イスリントンの会」というグループを立ち上げました。1948年にイビナ村から逃げてガザの難民キャンプに住むパレスチナ人を支援するためです。

今年1月、エジプト国境のフェンスが引き倒されたとき、ヤエルはガザを訪ねました。なぜ訪ねようと思ったのか、そこでどんな経験をしたかをヤエルが話してくれました。 (more…)

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2008年 パレスチナ・イスラエルのための世界平和祈祷週間

By Michinori ManoNo Comments 4 Jun

6月4日から10日までの1週間は、「パレスチナとイスラエルの平和のために世界の教会が行動する週間」です。

2008年はナクバから60年、占領が始まって41年です。パレスチナの人々は互いの行き来もままならない状態を強いられており、世界からも遮断されている状態に置かれています。このプログラムは、世界の教会がパレスチナの人々を忘れていないことを具体的に表すことを目的として、WCCのイニシアティブで始まり、3年目になります。WCC加盟のプロテスタント諸教会、聖公会、正教会だけでなく、カトリック教会も参加しています。 (more…)

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ショーレム『ベルリンからエルサレムへ』

By Michinori ManoNo Comments 20 May

読書ノート:『ベルリンからエルサレムへ~青春の思い出』(1977, ゲルショム・ショーレム , 岡部仁訳, 法政大学出版局)

ゲルショム・ショーレム(1897年12月5日-1982年2月21日)は、ヴァルター・ベンヤミンの親友であったことから関心を持った。ベンヤミンとの関係については別に『ベンヤミン-ショレム往復書簡』が出ている。『ベルリンからエルサレムへ~青春の思い出』は、ショーレムがドイツで同化ユダヤ人の家族で生まれ育つところからパレスチナに渡航してエルサレムでの生活が始まるまで(1925年)を自伝的につづり、1982年に亡くなる5年前の80歳の時に出版した本である。 (more…)

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牢獄化したベツレヘムとクリスチャン・コミュニティ

By Michinori ManoNo Comments 27 Jan

~オープン・ベツレヘムによる調査の紹介

ベツレヘムでは、イスラエルによる分離壁建設が始まって以来、急速にキリスト教人口が減少しており、現在のような状況が続けば2世代も経ないで消滅するだろうと懸念されています。分離壁建設と紛争激化によって経済が破綻し、住民の70%が貧困ライン以下、失業率は60%以上になっています。この事態を打開するために作られたキャンペーン組織オープン・ベツレヘムが米国とベツレヘムで行った調査の報告が出されました。 (more…)

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ガザのクリスマス

By Michinori ManoNo Comments 26 Jan

(カリタス・エルサレム 2007/1/19)

治安が乱れ、争い、殺人、強盗事件が頻発し、仕事をしている者たちは給与をもらえず、学校を卒業した若者たちは希望を失い、子どもたちは勉強に背を向け、状況はますます深く混沌の中に陥っています。それがガザの状況です。

がっくりくるそのような状況で、ガザの人々はどのようにクリスマスを祝ったのでしょうか。クリスマスを迎えるにあたって、どんなを期待をもったのでしょうか。クリスマスは、全ての人々が新しい生活を始め、神の御許に近づく機会です。進行中のひどい事態にも関わらず、ガザのクリスマスは、殺害が止み、状況がよくなることへの期待をもって迎えられました。 (more…)

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イスラエルの人権団体ベツェレムの2006年度報告

By Michinori ManoNo Comments 26 Jan

イスラエルの人権団体ベツェレムが昨年末に発表した報告によると、イスラエル・パレスチナ紛争による2006年の死者は683人、その内660人がパレスチナ人、17人がイスラエル民間人、6人がイスラエル兵士でした。660人というパレスチナ人死者数は、2005年の3倍以上です。2005年は197人でした。 (more…)

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ガザの状況とACTによる支援

By Michinori ManoNo Comments 21 Nov

以下に紹介するのは、ACT News Update 2006/8/30の抄訳で、元記事はスウェーデン国教会のアンナ・ジョナソンさんが、中東教会協議会・パレスチナ難民支援部門のコンスタンチン・ダバッグさんに電話インタビューして書いたものです。 (more…)

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<シオニズム批判=反ユダヤ主義>という非難

By Michinori ManoNo Comments 4 Aug

シオニズムは、パレスチナ人には、軍事主義的な領土拡張主義であり、人種主義であって、イスラエルが国家理念としてのシオニズムを放棄しない限り、中東に平和は実現しないと認識されている。パレスチナの支持者は、そのようなシオニズムこそが批判の対象であって、世俗国家としてのイスラエル共和国の存在自体を否定しているわけではないと考えている。 (more…)

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シオニズム以前の<シオニズム>

By Michinori ManoNo Comments 4 Aug

シオニズムがユダヤ人の民族主義運動として展開を始めたのは19世紀末であるが、ユダヤ人がパレスチナに帰還して国家を再建するという考えは、それに先だってプロテスタンティズムにおいて再生した千年王国論によって広まっていた。 (more…)

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<シオニズム>を歴史的に理解する

By Michinori ManoNo Comments 4 Aug

シオニズムは旧約聖書を根拠とするユダヤ教の宗教運動であるかのようにしばしば説明される。シオンの丘(エルサレム)に国家を再建することはディアスポラ(離散)以来の苦難を嘗めてきたユダヤ教徒の悲願であり、イスラエル共和国はその成就であると。しかし、そのような見方は当のユダヤ人の歴史を無視したものである。 (more…)

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